児玉希望

没年月日:1971/05/02
分野:, (日)

 日本画家の児玉希望は、脳血せんのため東京港区の慈恵医大病院で死去した。享年72才。本名省三。明治31年7月5日広島県高田郡に生れ、若くして上京し、川合玉堂の門下となった。大正10年第3回帝展「夏の山」が初入選で、以後連続入選している。昭和3年第9回展「盛秋」で特選となり、第11回展「暮春」もまた特選となった。昭和6年第12回帝展では推薦・無鑑査になり、翌年審査員となった。以来、帝文展の審査員をつづけ、官展の中心作家となり、戦後に及んだ。昭和27年第8回日展「室内」で日本芸術院賞となり、同33年には日本芸術院会員となった。そのほか、戦時中は美術及工芸統制協会の理事長をつとめ、戦後は社団法人日展の常務理事として運営につくし、その手腕を示した。戦前は戊申会、児玉画塾展等を、戦後は伊東深水矢野橋村等と日月社を結成し、私塾系作家の制作促進を計った。また昭和32年には約1ケ年滞欧し、各地で水墨画展を開き、その後の代表作に「仏蘭西山水絵巻」(三巻)(東京国立近代美術館蔵)がある。なお、代表作の多くは、広島県立美術館に寄贈されている。

出 典:『日本美術年鑑』昭和47年版(82-83頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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