木和村創爾郎

没年月日:1973/11/06
分野:, (版)

 木版画家、木和村創爾郎は、明治33年1月松山市に生れた。本名正次郎。大正13年京都市立絵画専門学校を卒業、昭和17年東京に居を移し、翌年から版画に転向し、21年第1回日展に「霊廟好日」、第14回版画協会展に「浅草観音」また20回国画会展に「浅草観音内陣」の版画を出品、版画家として活動をはじめた。以後、毎年日展に出品、また、25年からは光風会展に作品を毎年出品している。33年からは、日展、光風会、日本版画協会の各展覧会が出品の場となっている。44年には2月から11月迄渡欧、巴里に滞在し、ル・サロンに出品し「帝釈峡」が同展で受賞した。45年再び渡仏、ル・サロンで「蝶々夫人の家」で受賞、46年4月3回目の渡欧で、各地を写生し、ル・サロンで「Lopera」が受賞した。47年4回目の渡欧、ル・サロンで「Cast’s Angero」が金賞となり、同展の無鑑査待遇となった。48年、30年に亘る全作品集製作を企画、作製に当り8月刊行となったが惜しくも11月逝去した。自宅は東京都葛飾区。主要作品は、「霊廟好日」(21年)「海辺麦秋」(25年)、「野ばらの園」(26年)、「ステンド・グラス」(31年)、「連峰妙義」(33年)、「帝釈峡」(39年)、「蝶々夫人の家」(41年)「Cast’s Angero」(47年)等。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(238頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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