林是

没年月日:1974/06/23
分野:, (彫)

 彫刻家、行動美術協会会員の林是は、6月23日胃かいようのため東京都目黒区の自宅で死去した。享年68歳。明治39年4月28日、林★の次男として東京市本郷区に生まれた。ちなみに、祖父はお茶の水昌平講を創設した林大学頭であり、父は最初の帝室博物館長となった山高信離(石見守)の次男で林家の養子となった名門の出である。昭和7年3月東京美術学校彫刻科本科塑造部を卒業。在学中の昭和4年院展に初入選してより同展に出品を続け、昭和8年には日本美術院賞を受け、院友に推された。一方、美校塑造部在学中の昭和2年から一年先輩の同窓ら8名で彫刻グループ「沈爾留」を結成、毎年グループ展を開いて後輩たちに非常な刺激を与えた。昭和12年日本美術院を退き、日本彫刻家協会の創立に参加、会員となった。戦後の21年には、それまで出品していた二科会彫刻部の会員となったが、23年には二科会も退会した。昭和25年行動美術協会に彫刻部が新設されるに当ってその創立会員となり、同志の若い仲間たちとともに彫刻部の基礎づくりと発展に尽力した。生前の人柄と作風を偲ぶものに、「林是さんを送る 向井良吉」(第29回行動美術展目録)がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(273-274頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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