豊田勝秋

没年月日:1972/04/22
分野:, (工,鋳金)

 鋳金家、佐賀大学名誉教授の豊田勝秋は、4月22日午後2時55分、腸疾患のため東京都小平市の昭和病院で死去した。享年74才。福岡県久留米市出身。葬儀は5月2日午後2時から明善同窓会と久留米連合文化会主催のもとに久留米市民会館で行なわれた。明治30年9月24日久留米市に生れ、福岡県立中学明善校(大正4年3月卒)を経て大正9年3月東京美術学校鋳造本科卒業、更に同研究科に入り、大正12年同科を修了した。翌年6月東京高等工芸学校助教授に任ぜられた。昭和2年第8回帝展から第4部美術工芸が設けられたが、「鋳銅花盛」を出品、以後帝展、文展、日展に発表を続け、文展審査員を歴任、斯界の重鎮であった。主要作品には、「鋳銅花器」(昭和6年帝展特選、石橋美術館蔵)、「四方花挿」(昭和14年文展審査員出品、京都国立近代美術館蔵)、「広間用花挿」(昭和16年文展出品、同前蔵)、「鋳銅壷」(昭和33年日展出品、同前蔵)、「鋳銅筒形花器」(昭和35年日展出品、福岡県文化会館美術館蔵)などがある。
略年譜
明治30年9月24日 福岡県久留米市に生れる。
大正4年3月 福岡県立中学明善校卒業。
大正9年3月 東京美術学校鋳造科本科卒業。同研究科に入り大正12年、同科修了。
大正13年6月 東京高等工芸学校の助教授に任ぜられる。
昭和3年 大礼記念賞を授与される。
昭和6年 第11回帝展特選。
昭和8年 第13回帝展特選。
昭和11年 第23回商工省工芸展に入賞、2等賞受賞。
昭和12年 第1回文部省美術展の無鑑査となる。
昭和13年7月 東京高等工芸学校教授に任ぜられ、高等官6等 正7位に叙せられる。
昭和15年 第3回工芸品輸出振興展審査員を委嘱される。
昭和11年 従6位高等官5等に叙せられる。
昭和16年 第4回文部省美術展、及び工芸品輸出振興展の審査員を委嘱される。
昭和17年2月 株式会社旭製鋼所専務取締役に就任。
昭和23年 株式会社赤坂陶園(筑後市)を設立、取締役となる。
昭和24年 商工技官に任命され、通産省工芸技術庁工芸指導所九州支所長を命ぜられる。
昭和24年 福岡県美術協会副会長となり、常任理事を兼務また福岡県展工芸部の審査員となる。
昭和28年4月 久留米連合文化副会長となる。
昭和28年 文化面に於ける市功労者として久留米市より表彰を受ける。
昭和28年 佐賀大学教育学部教授に任ぜられる。
昭和28年 福岡県文化財専門委員を委嘱される。
昭和29年 財団法人久留米絣技術保存会理事となる。
昭和32年 同上 顧問となる。
昭和32年 福岡県社会教育功労者として表彰を受ける。
昭和40年 鹿児島女子短期大学教授。
昭和43年 九州沖縄文化協会理事。久留米連合文化会々長。県立明善高等学校同窓会々長。福岡県工芸作家協会会長。
昭和44年11月3日 西日本文化賞を授与される。
昭和45年11月3日 勲4等旭日小綬章を授与される。
昭和47年4月22日 東京都小平市昭和病院にて死去。

出 典:『日本美術年鑑』昭和48年版(67-68頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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