野間清六

没年月日:1966/12/13
分野:, (学)

 文化財専門審議会専門委員、女子美術大学教授野間清六は、12月13日、脳軟化症のため東京信濃町の慶応病院で逝去した。享年64才。野間清六は明治35年2月12日、滋賀県、青山立愍の二男として生れ、のち野間家の養子となった。昭和5年、東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業、翌年帝室博物館(現東京国立博物館)に鑑査官補として入り、以後、定年で東京国立博物館学芸部長を辞す迄同館に勤続していた。その後は女子美術大学教授となり、また以前からの文化財専門審議会専門委員の職にあった。その間、大学講師、展覧会審査員などもしばしばつとめ、著書も多い。
略年譜
明治35年2月12日 滋賀県蒲原郡、青山立愍の二男として生れる。幼名次郎。
明治38年 野間家の養子となる。
昭和5年 東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業。
昭和6年 帝室博物館鑑査官補
昭和13年 帝室博物館鑑査官となる。
昭和26年 東京国立博物館美術課長
昭和29年 桑港日本美術展のため渡米。
東京国立博物館普及課長
昭和32年 東京国立博物館学芸部長
シュヴァリエ・ド・ノワール勲章を受く。
昭和34年 文化財専門審議会専門委員となる、埴輪展のため渡米。
昭和38年 パリ日本古美展のため渡欧。
昭和39年 東京国立博物館を定年退職。
昭和41年12月13日 脳軟化症にて逝去、従四位勲三等旭日中綬章を賜る。
(著書)
日本古楽面(昭和10年)、日本美術大系-彫刻(16年)、日本彫刻の美(18年)、日本仮面史(18年)、古仏の微笑(21年)、美を慕う者へ(22年)、日本の名画(26年)、御物金銅仏(27年)、日本美術辞典(27年共著)、日本の面(28年)、日本の絵画(28年)、土の芸術(29年)、墨の芸術(30年)、飛鳥、白鳳、天平の美術(33年)、日本美術(33年)、日本美再発見(38年)、続日本美再発見(39年)、金銅仏(39年)、小袖と能衣裳(39年)、装身具(41年)、インターナショナル日本美術(41年)。

出 典:『日本美術年鑑』昭和42年版(151頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「野間清六」が含まれます。
to page top