柳宗悦

没年月日:1961/05/03
分野:, (学)

 日本民芸運動の創始者であり、その運動を発展させ、それに理論的な根拠を与えた日本民芸館長柳宗悦は5月3日脳出血のため都内目黒区駒場の日本民芸館で死去した。72歳。
略年譜
1889(明治22)年 3月2日東京に生れる。
1910年 友人志賀直哉・武者小路実篤らと「雑誌」「白樺」創刊。このころバーナード・リーチ(銅版画家、のち陶芸家)を知り、ブレークや民芸運動についてのちのちまで相互に影響し合う。
1911年 「科学と人生」(籾山書店」出版。学習院高等科卒。
1913(大正2年) 東京帝国大学文学部卒(心理学専攻)。
1914年 「ヰリアム・ブレーク」(洛陽堂)出版。
1919年 東洋大学宗教学教授就任(~1923年)。
1921年 明治大学予科倫理学および英文講師就任(~1924)。「宗教的奇跡」(叢文閣)、「ブレイクの言葉」(叢文閣)刊行。
1922年 「朝鮮の美術」(私版本)、「朝鮮とその芸術」(叢文閣)、「陶磁器の美」(私版本)、「宗教の理解」(叢文閣)刊行。
1923年 「神に就て」(大阪毎日新聞社)刊行
1924年 朝鮮京城府緝敬堂に朝鮮民族美術館を設立し朝鮮における蒐集品を陳列。
1925年 京都同志社女学校専門部教授に就任。「木喰上人作彫刻」(木喰五行研究会)、「信と美」(警醒書店)出版。
1926年 同志社大学英文科講師、関西学院英文科講師に就任(~1929年)。「木喰上人和歌集」(木喰五行研究会)刊行。
1927(昭和2年) 「雑器の美」(工政会)刊行
1928年 「宗教とその真理」(叢文閣)、「工芸の道」(グロリア・ソサエティ)刊行。
1929年 米国ハーバート大学講師として渡米。「工芸美論」(万里閣)、「日本民芸図録」「初期大津絵」(工政会)刊行。
1930年 ヨーロッパを廻って帰国
1931年 月刊雑誌「工芸」創刊(第二次大戦後120号で廃刊まで重要な論文を掲載)、「ブレイクとホヰットマン」(2年間続いた月刊雑誌、寿岳文章との共著出版)。
1933年 「民芸の趣旨」(私版本)、「蒐集に就て」(私版本)刊行。米国ハワイ大学講師としてホノルルに滞在。
1934年 「美と工芸」(建設社)刊行。
1935年 「美術と工芸の話」(章華社)刊行。
1936年 日本民芸館開設。館長に就任。「Folk Crafts in Japan」(国際文化振興会)、「茶道を想ふ」(私版本)刊行。
1937年 国際女子学園講師に就任。「美の国と民芸」(私版本)刊行。
1938年 第1回沖縄旅行(沖縄県学務部の招聘による)。
1939年 民芸協会同人と共に再度渡島し、調査と蒐集や製作指導を行った。雑誌「月刊民芸」創刊、(編集・式場隆三郎
1940年 専修大学教授に就任(~1944年)。「富本憲吉、河井寛治郎、浜田庄司作品図録」(民芸協会発行)、「琉球の織物」(民芸協会発行)刊行。
1941年 東洋美術国際研究会常務理事に就任。「民芸とは何か」(民芸叢書・昭和書房)「茶と美」(牧野書房)、「工芸」(創元社)発行。
1942年 「工芸文科」(文芸春秋社)、「工芸の美」(私版本)、「私の念願」(不二書房)、「美と模様」(私版本)、「藍絵の猪口」(工芸選書・私版本)、「雪国の蓑」(工芸選書・私版本)「琉球の陶器」(編集・民芸叢書・昭和書房)、「現在の日本民窯」(編集・民芸叢書・昭和書房)出版。
1943年 「日田の皿山」(私版本)、「木喰上人の彫刻」(工芸選書・私版本)、「諸国の土瓶」(工芸選書・私版本)、「信と美」(新版)
1944年 「和紙の美」(私版本)
1945年 戦争苛烈のため3月に民芸館を閉鎖したが、12月には再開。
1946年 日米教育委員となる。
1947年 「民芸館案内」(私版本)刊行。
1948年 「手仕事の日本」(靖文社)、松ヶ岡文庫の理事長となる。
1949年 「美の法門」(私版本)刊行。
1950年 「妙好人因幡の源佐」(大谷出版社)刊行。
1951年 雑誌「大法論」に「南無阿弥陀仏」を21回にわたり連載しはじめる。
1952年 柳個人の所有である住宅、敷地、調度の一切を民芸館に寄贈し、その登記を終る。国際工芸家会議に列席のため毎日新聞文化使節を兼て渡欧米。
1953年 2月帰国。ホノルル大学での講演が「The Responsibility of Craftes Man」、「The Way of Tea」としてホノルル大学によって刊行。
1954年 「柳宗悦選集」全10巻(「手仕事の日本」、「工芸文化」、「朝鮮とその芸術」「琉球の人文」、「物と美」、「民と美」がこの年出版)(春秋社)、「日本民芸館」(20周年記念私版本)刊行。
1955年 選集(「工芸の道」、「茶と美」、「木喰上人」、「大津絵」、「南無阿弥陀仏」(大法論閣)刊行。
1956年 「蒐集物語」(中央公論社)、「民芸の立場」(私版本)、「丹波の古陶」(私版本)刊行。12月重病に倒れる。
1957年 7月から小康を得て執筆再開。文化功労賞授賞。沖縄タイムズより沖縄文化の貢献者として感謝状を受ける。「無有醜好の願」(私版本)出版。
1958年 「民芸四十年」(宝文閣)、「棟方志功の板画」(筑摩書房)、「茶の改革」(春秋社)刊行。
1959年 「心偈」(私版本)刊行。富山県砺波郡城端別院客舎の前庭に美の法門の記念碑建設される。
1960年 朝日文化賞授賞。「民芸図鑑」第一巻(宝文閣)、「大津絵図録」(三彩社)、宗教選集(「南無阿弥陀仏」「宗教随想」、「宗教とその真理」)(春秋社)、「美の浄土」(私版本)、「日本の民芸」(宝文閣)刊行。
1961年 「民芸図鑑」第二巻(宝文閣)、「法と美」(私版本)、宗教選集(「宗教の理解」)、「船箪笥」(私版本)刊行。5月3日永眠。5月7日、日本民芸館葬が行われた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和37年版(124-126頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「柳宗悦」が含まれます。
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