小出三郎

没年月日:1967/09/21
分野:, (洋)

 独立美術協会会員の洋画家小出三郎は、9月21日午前零時8分、心筋コウソクのため大阪府豊中市の自宅で死去した。享年60才。小出三郎は明治41年(1908)8月5日、大阪市に生まれ、大正15年大阪府立天王寺中学校を卒業、大阪美術学校に入学したが程なく退学して大阪信濃橋洋画研究所に入り、小出楢重鍋井克之国枝金三黒田重太郎らの指導をうけた。昭和12年第7回独立美術展に出品入選してから毎回出品、昭和15年第10回展では「伊豆の漁港」を出品して独立賞をうけ、翌16年独立美術協会会友に推挙され、同22年会員に推薦された。その他、昭和11年全関西美術協会会友同13年会員となり、同22年前田藤四郎吉原治良らと汎美術家協会を創設、同31年には田中佐一郎中間冊夫らと“いちいち会”を結成した。晩年には関西における独立美術協会の重鎮として活躍し、昭和33年毎日新聞社主催、関西洋画壇傑作展に「漁港」、同40年京都新聞社主催、名作にみる裸婦展に「人・A」「人・横」が出品された。
作品略年譜
昭和7年 「曇り日」「裸婦」、同8年「腰かけたる裸婦」、同9年「仰臥裸婦」、同10年「窓際」「横臥裸女」、同11年「立てる女」、同12年「青いリボン」、同15年「伊豆の漁港」、同16年「農家」「伊豆の山麓」、同17年「農家」「山ふところ」、同22年「鞍馬」「八瀬」、同23年「みのり」「山麓」「農家」、同25年「紅衣」「腰かけの女」「帽子の女」、同26年「立てる裸婦」、同27年「青いリボン」、同28年「立つ」、同29年「六甲」、同33年「裸・青」、同34年「京都東山」、同35年「裸・A」、同37年「人・B」、同38年「緑の中の人・横」「緑の中の人・立つ」、同39年「人・横」「人・座」「富士山」

出 典:『日本美術年鑑』昭和43年版(149-150頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「小出三郎」が含まれます。
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