中野和高

没年月日:1965/03/08
分野:, (洋)

 日展評議員、創元会会員の洋画家中野和高(号・和光)は、3月8日午後2時35分、尿毒症のために東京都渋谷区の都立広尾病院において死去した。享年68才。明治29年(1896)愛媛県大洲に生れ、大正3年宮城県立仙台第1中学校を卒業、同年上京して赤坂区溜池の葵橋洋画研究所に入所して黒田清輝の指導を受けた。大正5年東京美術学校西洋画科に入学、大正10年3月卒業し、研究科に入る。同年第3回帝展に「労働者像」を出品して入選した。大正12年、フランスに遊学してイタリア、スペインを歴遊し昭和2年秋帰国したが、その間に前田寛治、佐伯祐三との親交を深めた。帰国の年第8回帝展に「婦人座像」他1点を出品して特選となり、以降毎年官展に出品した。昭和3年第3回1930年協会展に滞欧作品拾数点を出品し会員に推挙された。昭和5年には帝展無鑑査、同7年以降は屡々審査員をつとめた。昭和15年12月、阿以田治修、大久保作次郎安宅安五郎ら同志と創元会を創立、翌16年第1回展を開催、以後毎回出品した。昭和25年日展参事、同33年日展評議員となる。昭和32年には日展出品作「少女」により日本芸術院賞を受けた。また、日本美術家連盟委員、東京都美術館参与としても活躍した。なお、幼時に洗礼をうけ、昭和30年以降聖イエス教団に属したが、晩年は熱烈なキリスト教徒としての生活をおくった。
略年譜
明治29年(1896) 4月5日愛媛県大洲に生れる。
大正3年 宮城県立仙台第1中学校卒業、上京して東京溜池の葵橋洋画研究所に入り黒田清輝の指導をうける。
大正5年 東京美術学校西洋画科入学。
大正10年 東京美術学校を卒業し、研究科に入る。第3回帝展に「労働者」を出品、入選。
大正11年 第4回帝展に「友人の像」を出品。
大正12年 渡欧する。
昭和2年 帰国、第8回帝展に「婦人座像」「卓に寄れる婦人(青衣の女)」出品、特選となる。
昭和3年 第3回1930年協会展に滞欧作品を出品し会員となる。第9回帝展に「風景を配せる我家族」を出品、特選となる。
昭和4年 第10回帝展「聴音」特選。
昭和5年 帝展無鑑査に推薦され第11回展に「無題」を出品。帝国美術学校教授となる。泉二新熊三女美智子と結婚する。
昭和6年 第12回帝展「少憩」。
昭和7年 帝展洋画部審査員に撰ばれる。第13回帝展「西洋風女立像」。
昭和8年 第14回帝展「祖父と子供」。
昭和9年 第15回帝展「於二階」。
昭和10年 二部会審査員、「M氏像」。
昭和11年 新帝展「水辺」、審査員。
昭和12年 第1回文展「ひととき」審査員。
昭和13年 第2回文展「運動場における像」。
昭和14年 第3回文展「像」、審査員。
昭和15年 紀元二千六百年記念展「帰還帰農」。12月同志と創元会を創立する。
昭和16年 1回創元会展「海の幸」「水と人」。第4回文展「二人」。
昭和17年 2回創元展「少女」、第5回文展「少女像」、審査員。
昭和18年 台湾総督府美術展審査員、「海」総督府買上げ、3回創元展「少女像」、第6回文展「ざくろ」。
昭和19年 4回創元展「北条時宗像」。
昭和21年 第1回日展「幾哉さん夫妻」審査員。第2回日展「夕映」、審査員。
昭和22年 6回創元展「雪景」。第3回日展「休息」審査員。
昭和23年 7回創元展「男の顔」。
昭和24年 8回創元展「山荘にて」、第5回日展「F婦人像」審査員。毎日連合展「雪舟の庭」。
昭和25年 9回創元展「母と子」、連合展「窓辺」、第6回日展「婦人像」、日展参事となる。
昭和26年 10回創元展「二重像」、第7回日展「某婦人像」審査員。
昭和27年 11回創元展「闘牛士」、第8回日展「二人」。
昭和28年 12回創元展「笛吹き」、第9回日展「植木屋T君像」政府買上げ、審査員。
昭和29年 13回創元展「N氏像」「杏花の村」、第10回日展「休息」、国立公園協会へ「那須」。
昭和30年 14回創元展「少女座像」「少女」、第11回日展「少女座像」審査員。
昭和31年 15回創元展「緑衣像」、第12回日展「絵を描く女」。
昭和32年 16回創元展「白衣婦人像」、第13回日展「少女」芸術院賞受賞、審査員。
昭和33年 17回創元展「少女赤衣」「少女青衣」、第1回日展「姉妹」、日展評議員。
昭和34年 18回創元展「二人」、第2回日展「少女像」。
昭和35年 19回創元展「婦人像」、第3回日展「白い装」審査員。
昭和36年 20回創元展「K君の像」、第4回日展「インドネシア婦人」。
昭和37年 21回創元展「南方婦人」、第七回国際美術展(毎日新聞社)「熱国にて」、第5回現代美術展「ヨハンナ女」、第6回日展「少女」審査員。
昭和39年 23回創元展「K少女」、第7回日展「バレーの幕間」。
昭和40年 24回創元展「少女」。
昭和41年 3月8日午后2時30分死去。11月東京都美術館内佐藤記念室において中野和高回顧展開催される。

出 典:『日本美術年鑑』昭和41年版(107-108頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「中野和高」が含まれます。
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