木田金次郎

没年月日:1962/12/15
分野:, (洋)

 洋画家木田金次郎は12月15日脳出血のため北海道の病院で逝去した。享年69才。昭和26年7月16日、漁業家木田久造の二男として北海道に生れた。明治41年上京し、開成中学に入学したが4年の秋、中途退学して帰京、家業に従事するが、かたわら絵画修業に打込む。この頃、札幌で北大の黒百合会展で有島武郎の作品を見て感銘をうけ有島武郎を札幌の私邸に尋ねた。有島武郎の小説「生れ出づる悩み」に出てくる木本という青年は若き日の木田金次郎の姿をモデルにしたものである。大正8年、有島武郎の尽力により有島生馬のアトリエで初めてのデッサン展を開いた。その後昭和3年満州、蒙古方面に写生旅行をしている。昭和19年岩内の近郷、堀株村(ホリカップ)に疎開、22年再び岩内に戻ったが堀株村はその後主要なモティーフとなっている。28年に個展を開いたが翌29年9月岩内町大火のため類焼、全作品約2000点を焼失してしまった。この年11月北海道文化賞、更に31年北海道新聞文化賞をうけている。34年、38年の2回に亘り朝日新聞社主催による個展を東京高島屋を初め、仙台、札幌(34年)、大阪、福岡、札幌(37年)で開催した。北海道の疎林や漁村或は海辺の荒涼とした風景を奔放な筆致で、激しい情熱をこめたフオーヴ風の作品で「荒れゆく原野」「台風の朝」「初秋」「青い太陽」「灯台のある風景」「暮れゆく原野」等約60点が出品された。

出 典:『日本美術年鑑』昭和38年版(143頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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