長屋勇

没年月日:1961/12/27
分野:, (洋)

 洋画家、日展委嘱、新世紀美術協会委員長屋勇は、12月27日午後3時15分東京品川の東芝大井病院で胃ガンのため逝去した。享年68歳。明治26年7月28日山口県佐波郡に生れた。大正6年4月東京美術学校西洋画科本科に入学し、同11年3月同校卒業、続いて研究科に籍を置いた。同13年4月商工省海外実業練習生に命ぜられ渡仏、西洋画並びにポスターの研究をなし、昭和2年5月任期満了で帰朝するまで、ベルギー、オランダ、ドイツ、イタリア、スペイン等に遊学した。大正14年第6回帝展に「老人の肖像」で初入選以来昭和9年まで9回、帝展に入選、昭和11年新文展の無鑑査に推薦せられた。戦後は、昭和21年第2回日本美術展より出品、同27年第8回日展では、「画室にて」で岡田賞を受賞した。同33年第1回新日展の委嘱となり、没前の第4回日展まで、終始穏健な写実風作品を発表した。一方、旺玄社同人、旺玄会委員を経て、昭和30年親友大久保作次郎らと新世紀美術協会を結成、委員として同会の中心的な存在であった。各展覧会に長らく作品発表を続けた。主要作に「渓流」(第6回日展)、「鏡」(第7回日展)、「椿さく庭」(昭和25年、毎日新聞社主催・第4回美術団体連合展)、「新緑の芝公園」(昭和26年、第5回連合展)等がある。なお、昭和16年より多摩美術学校に講師として勤務、以後、多摩美術大学教授、昭和17年より共立女子学園-共立女子大学教授として、逝去に至るまで美術教育に専念した。
〔昭和35年物故者追記〕

出 典:『日本美術年鑑』昭和37年版(128頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「長屋勇」が含まれます。
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