佐藤一章

没年月日:1960/08/29
分野:, (洋)

 洋画家。東光会々員、日展評議員の佐藤一章は、8月29日、胃かいようのため東京世田谷の国立大蔵病院で逝去した。享年54才。本名章。明治38年岡山県小田郡に生れ、昭和4年東京美術学校西洋画科を卒業した。在学中から帝展に出品し、昭和2年第8回帝展で「後向きの裸婦」が初入選となった。その後も帝展、に出品をつづけ、9年に「公記字号」で特選となり、つづいて新文展時代は無鑑査待遇をうけた。なお東光会は発足当初から参加し、会員として、運営委員として活躍していた。第二次大戦後は日展に審査員として、又出品依嘱者として作品を送っている。昭和25年岡山大学特設美術科教授となり30年迄勤務していた。写実的な作風で風景画が多い。

略年譜
昭和2年 東京美術学校在学中、第8回帝展に「後向き裸婦」が初入選となる。
昭和4年 東京美術学校西洋画科卒業。帝展には、この頃毎年出品する
昭和5年 北支、満州、朝鮮に旅行
昭和7年 東光会の創立に加わる
昭和9年 第15回帝展出品の「公記字号」特選となる。上海、蘇州、杭州に旅行
昭和11年~19年 文展無鑑査待遇をうける
昭和21年 第1回日展「根雨の雪」
昭和22年 第3回日展審査員「働らく少女」
昭和23年 第4回日展審査員「雪の朝」
昭和25年 第6回日展、出品依嘱「春潮」。岡山大学特設美術科教授となる。(30年退職)。又、この年岡山県文化賞受賞する。
昭和26年 第7回日展出品依嘱者「残雪」
昭和32年 第13回日展審査員、「残雪駒ケ岳」(政府買上)
昭和33年 第14回日展日展評議員となる「老樹」出品。
昭和34年 第15回日展「樹林」
昭和35年 8月29日逝去。遺作「那須ケ岳」

出 典:『日本美術年鑑』昭和36年版(135-136頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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