古茂田守介

没年月日:1960/07/21
分野:, (洋)

 新制作派協会々員古茂田守介は、7月21日ゼンソク発作のため東京都目黒区の自宅で逝去した。享年42才、大正7年1月5日愛媛県松山市に生れ、北予中学卒業後、上京して猪熊弦一郎、ついで脇田和、内田厳等に師事した。昭和14年中央大学法科を中退し、大蔵省に勤務、翌年新制作派展に初入選した。更に翌16年外務書記生として北京大使館に勤務したが、18年に帰国し、戦後21年大蔵省を退官した。この年新制作協会に出品し新制作作家賞を受け、以後同会に連年作品を送り、25年同会々員となった。新制作協会の他造型版画協会、アンデパンダン、国際展、国際具象派展などの出品がみられ、個展を屡開催している。黄土色や暗褐色、くすんだ緑色等を主調とする静物画や裸婦は、独特の画風をもつものであった。
主要作品歴
昭和21年 「踊り子達」「臥せる女」10回新制作派協会展
昭和22年 「踊子」「踊子を配せる群像」。11回新制作派協会展
昭和23年 「踊る群像」「シュミーズの女」12回新制作派協会展
昭和24年 「工房」「うづくまる裸婦」「背を向ける裸婦」
13回新制作派協会展
昭和26年 「両架を配した裸婦」「裸婦と静物」
15回新制作派協会展
昭和27年 「裸婦と街」「裸婦二人」16回新制作派協会展
昭和28年 「二人の裸婦」「母子」17回新制作派協会展
昭和30年 「静物」(1)(2)19回新制作派協会展
昭和31年 「作品」(1)―(5)20回新制作派協会展
昭和32年 「裸婦」(A)(B)21回新制作派協会展
昭和33年 「腰をかけた裸婦」「体をひねった裸婦」
22回新制作派協会展
昭和34年 「干魚と水差」5回日本国際美術展

出 典:『日本美術年鑑』昭和36年版(135頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「古茂田守介」が含まれます。
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