大谷房吉

没年月日:1960/07/10
分野:, (洋)

 洋画家、国画会々員で株式会社明治屋専務でもあった大谷房吉は7月10日脳軟化症のため神戸市東灘区の自宅で逝去した。享年70才。明治23年4月17日和歌山市に生れた。明治41年慶応義塾商業学校卒業、国画会には第1回展より出品し、昭和9年第9回展で「無花果」「椿」「鷲巣山」ほか2点を出品し国画奨励賞をうけた。第10回展には「滝」外5点が入選、会友に推された。昭和12年会員、会友制を廃し同人制に改めたため、同会同人となる。18年、会は再び同人制を廃し会員、会友制を復活し大谷は新に会員となった。国画会に毎年作品を出し、また、奉祝展、新文展に「麓の朝」(4回)「全暉」(6回)などを出品したこともある。戦前の国展には「山荘」(15回)、「牡丹」「山麓秋色」(18回)戦後の作では「干魚」「赤絵と蜜柑」(23回)、「静物」「窓辺風景」(26回)、「厳島」(27回)、「石庭」(30回)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和36年版(135頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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