福田眉山

没年月日:1963/10/28
分野:, (日)

 日本画家福田眉山は、10月28日芦屋市の自宅で脳出血のため死去した。享年88才。本名周太郎。明治8年兵庫県赤穂に生れ、同28年久保田米僊に従って東上し、国民新聞社に入社した。苦学して東京美術学校に通ひ、この間徳富蘇峰に敬事する。明治33年在学3年にして学校を中退し、同年日本美術院に所属する。ここで岡倉天心、橋本雅邦らの指導を受けた。明治42年より45年にわたり中国大陸を、また大正10年には朝鮮各地を昭和13年には再度中国旅行を試み、内外の山水を探索し、それに材を得た絵巻、屏風等の作品が数多い。主なる作品に「兄の刺嘛」(平和博覧会大正3年)、「支那大観」(二冊大正5年)、「支那三十画巻」(大正8年)「金剛秋色図巻」(大正12年献上)「「洞庭湖真景」(大正14年大覚寺客殿襖)「大峨眉」(昭和11年神護寺地蔵院襖絵)他。

出 典:『日本美術年鑑』昭和39年版(139頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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