宮本重良

没年月日:1969/07/28
分野:, (彫)

 彫刻家、元日本美術院評議員、粲々会会員宮本重良は、7月28日午後10時35分、東京都世田谷の井上病院で肺炎のため死去した。享年74才。明治28年7月17日東京日本橋区に生まれた。本名、重次郎。同42年久松尋常高等小学校を卒業して家業の伊勢重牛肉店に従事していたが、大正4年美術を志し、太平洋画会研究所、日本美術院研究所に学び、傍ら石井鶴三に特に指導を受けた。第11回院展(大正13年)より重良と号して出品しはじめ、第17回院展(昭和5年)で「童女像」「男立像」によって日本美術院賞を受け、昭和11年日本美術院同人に推挙された。戦後34年には日本美術院評議員となり、まもなく36年2月彫塑部解散に伴って退会した。
 ところで、かねて同志相寄り研究所をもち、その発表展を4回ばかり行なってきたが、そのメンバーのうち6作家が、多摩丘陵にある読売ランドの聖地公園に仏教七宗派の祖師銅像の建立を担当し、(昭和39年11月15日完成除幕式挙行)、このうち重良は浄土宗祖「法然上人立像」を制作した。翌40年10月には、新宿京王百貨店で祖師像完成を機会の記念展、粲々会彫刻展(第5回)を行なった。以後この会の第8回展(昭和43年)まで、毎年参加、主として木彫作品の発表を続けた。翌年11月の第9回展には、「猿田彦神」「婦人像」「脚を拭く」「草平氏像」「うずめの命」「少女坐像」「小林氏像(絶作)」など同志会員らによって代表的遺作が陳列された。他に「風神二題」「首相鈴木貫太郎翁像」「葛野観音」、芭蕉研究に意を用いた関係で「芭蕉像(各種)」など主要作品が数えられる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和45年版(84頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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