畝村直久

没年月日:1962/07/12
分野:, (彫)

 彫塑家、日展評議員の畝村直久は7月12日午後11時5分急性胆ノウ炎のため東京板橋の日大病院で逝去した。享年53才。明治42年2月20日石川県金沢市に生まれ、昭和4年石川県立工業学校卒業後、東京美術学校彫刻科に学んで昭和9年3月卒業した。在学中の同5年第11回帝展に「男立像」で初入選以来、帝展・新文展・日展と終始官展系の俊鋭作家として活躍した。同7年第13回帝展で「若い都会の女」が特選、同8年より無鑑査にて帝展、文展に作品を発表した。戦前・戦中の過渡世代として、昭和9年、同14・15年(ノモンハン事件)、16年-21年(ラバウル)と再三兵役に服して、制作上のブランクがあったが、戦後は下記の作品年譜が示すように、安定した製作活動に入り、日展彫塑の中心的存在として嘱望された。尚、戦前は東邦彫塑院、日本彫刻家協会等に所属し、戦後は日本彫塑家倶楽部会員、東京学芸大学彫刻科助教授として後進の指導に尽くした。
作品略年譜
昭和5年 第11回帝展「男立像」初入選
昭和6年 第12回帝展「男座像」入選
昭和7年 第13回帝展「若い都会の女」特選
昭和8年 第14回帝展「少女立姿」無鑑査
昭和11年 第1回文展「黄葵女」無鑑査
昭和12年 第1回文展「生の苑」無鑑査
昭和13年 第2回文展「平和」無鑑査
昭和15年 奉祝展 「新しき拓人」無鑑査
昭和21年 第2回日展「少年」入選
昭和22年 第3回日展「若い女」特選・政府買上
昭和23年 第4回日展「少女像」無鑑査
昭和24年 第5回日展「女立像」無鑑査
昭和25年 第6回日展「婦人の首」特選
昭和26年 1月、朝日新聞社主催第2回秀作美術展に「婦人の首」選抜さる。
第7回日展「女」審査員
昭和27年 第8回日展「曙の人間像」招待
昭和28年 第9回日展「深山翁像」招待
昭和29年 第1回現代日本美術展に「テキサスの娘」を依嘱出陳。
第10回日展「私達の自覚」招待
昭和30年 第3回国際美術展「少女の像」依嘱
第11回日展「大木君の顔」審査員(日展買上)
昭和31年 第2回現代日本美術展「若い女の像」依嘱
第12回日展「若い女」招待
昭和32年 第4回国際美術展「立っている女」依嘱
第13回日展「立ひざの女」招待
昭和33年 第1回個展(三越本店)
第3回現代日本美術展「S嬢の顔」依嘱
第1回日展「音」評議員
昭和34年 第5回国際美術展「憩う踊子」依嘱
第2回日展「女」評議員・審査員
昭和35年 第3回日展「婦」評議員
昭和36年 第4回日展「和」評議員、文部大臣賞を受く。
昭和37年 第13回秀作美術展に「婦」選抜出品
第5回日展「未完ブロンズ作品」評議員・審査員
11月、第2回個展(遺作展)三越本店
昭和38年 第14回秀作美術展に「和(ブロンズ小品)」選抜出品

出 典:『日本美術年鑑』昭和38年版(139頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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