稲垣稔次郎

没年月日:1963/06/10
分野:, (工,陶)

 染織家 月本工芸会理事・無形文化財技術保持者稲垣稔次郎は6月10日京都府立医大附属病院で移動性ガンおよびガン性助膜炎で死去。享年61才。彼は明治35(1902)年3月3日京都府右京区に日本画家を父として生まれた。大正11(1922)年3月京都市立美術工芸学校図案科卒業、同年11月松坂屋図案部に勤務して高級衣裳のデザインに従事したが、昭和6(1931)年5月退職し、それ以後作家生活に入った。昭和15年国画会に「西瓜の図」を出品して国画賞受賞、同16年文展に「善隣譜」出品、特選、同18年同じく文展出品の「牡丹の図屏風」で特選となり、同21年日展出品「糊絵屏風松山之図」で三たび特選となった。昭和22年富本憲吉と国画会を退会して新匠会を組織した。昭和23年第1回個展ではじめて型絵染を発表した。24年京都市立美術専門学校講師、26年日展審査員、27年京都市立美術大学助教授となり、33年同大学教授、37年には型絵染の技術に対して無形文化財の指定をうけた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和39年版(133-134頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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