島野三秋

没年月日:1965/05/17
分野:, (工)

 漆工芸家島野三秋、本名新太郎は5月17日直腸ガンのため、大阪市の自宅で没した。享年88才。明治10年7月金沢市に生れ★漆を県立工業学校漆工科の鶴田和三郎に、蒔絵を松岡吉平に、また日本画を岸浪柳渓に学んだ。明治37年27才のとき大阪市へ移住、一時京都鳴滝に静養したこともある。なお21才の折シカゴ万国博覧会に出品受賞して以来、大正14年(1925)パリ万国博、ベルギー万国博、昭和14年(1939)ニューヨーク万国博などに出品各各受賞している。また大正4年以来、12年、昭和3年、4年、7年と大阪府及び大阪市よりの献上品を謹作、昭和9年には帝国美術院の推薦をうけ、16年文展審査員となり以来毎年無監査待遇となった。戦後は日展に出品し35年に日展出品依嘱者となった。作風は枯淡、清雅の中に斬新な力強さがあり、独得の青海波描の特技をもっていた。昭和37年四天王寺の香合が終生の力作となった。大阪漆芸界の長老として大阪工芸協会理事。関西展審査員などを歴任、斯道の発展に尽し、39年全国漆工団体より功労賞をうけている。

出 典:『日本美術年鑑』昭和41年版(104頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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