藤井達吉

没年月日:1964/08/27
分野:, (工)

 藤井達吉は、明治14年6月14日愛知県碧海郡に生れた。18才の時、名古屋の服部の七宝店に入り七宝制作を学び、明治37年24才のときポートランド博覧会出品のため渡米、翌年帰国し広く工芸全般に亘る研究に精進した。日本美術協会会員、また正木直彦を会頭とする吾楽会の会員であった。大正元年、第1回フューザン会展に参加して刺繍壁7点を出品したが殆ど公募展には出品しなかった。大正12年頃から伝統工芸の技法研究に入り“鳥毛立女屏風”(御物)の手法を探研した作品などがある。昭和16年真鶴に移り、更に第二次大戦中小原村、更に25年碧南市に疎開した。制作の巾は絵画、彫刻、工芸の面では七宝はもとより、刺繍、金工、漆工、染色、紙工芸などに亘り、ことに紙漉きの過程中に染色したこうぞ等の繊維を漉き重ね、紋様を作りだす独特の漉き込み和紙は近年小原の特産となっている。昭和30年以来、所蔵の古美術品と自作など約2,000点を愛知県文化会館に寄贈している。8月27日黄だん、急性気管支炎のため没した。享年83才。

出 典:『日本美術年鑑』昭和40年版(135頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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