阿部次郎

没年月日:1959/10/20
分野:, (学)

 東北大学名誉教授・日本学士院会員・日本芸術院会員阿部次郎は10月20日東北大附属病院で脳軟化症のため逝去した。享年76歳。明治16年8月27日山形県飽海郡に生れた。家は代々名主格の半農半商で、父は小学教員であつた。明治40年東京帝大哲学科を出たのち明治42年頃から夏目漱石の門に出入し、文芸評論にたずさわりながら、哲学・美学・文化史等の研究にも進んだ。とりわけ、ゲーテ研究、日本文化史研究は晩年まで続く研究課題であつた。柔軟な感性と高度の教養主義を背景とする人格主義の理想は、大正期知識人のある典型を示すものであるが、その影響は今日もなお絶えていない。

略年譜
明治34年 第一高等学校入学
明治37年 東京帝国大学哲学科進学
明治42年 漱石門に出入する
大正2年 慶応義塾大学で美学を講ずる。
大正3年 トルストイ「光あるうちに光の中を歩め」新潮社刊(翻訳)
「三太郎の日記」東雲堂刊
大正4年 「三太郎の日記第弐」岩波書店刊
大正5年 リップス「倫理学の根本問題」(抄訳)岩波書店刊
大正6年 「美学」岩波書店刊
創刊誌「思潮」主幹
大正7年 「合本三太郎の日記」岩波書店刊
大正8年 「ニィチェのツァラツストラ、解釈、並びに批評」新潮社刊
大正9年 満州旅行
大正10年 プラトン「ソクラテスの弁明」「クリトン」(久保勉と共訳)岩波書店刊
東北大学法文学部へ招聘される
大正11年 文部省在外研究員として渡欧
「地獄の征服」「人格主義」岩波書店刊
「北郊雑記」改造社刊
大正12年 東北帝国大学教授になり、美学講座担当。
昭和6年 「徳川時代の芸術と社会」改造社刊
昭和9年 「文芸評論第二輯 世界文化と日本文化」岩波書店刊
昭和14年 「ヰ゛ルヘルム・マイスター遍歴時代」(翻訳)上・下、改造社刊(「ゲーテ全集」)
「秋窓記」岩波書店刊
「ファウスト第1部」(翻訳)改造社刊(「ゲーテ全集」)
「ファウスト第2部」(翻訳)改造社刊(「ゲーテ全集」)
昭和15年 「英訳万葉集」日本学術振興会刊、序論分担執筆
昭和16年 東北帝大法文学部部長に就任。軽度の脳出血発病。
昭和17年 法文学部長を免ぜられる。
昭和20年 東北帝国大学教授を停年退職。
「万葉時代の社会と思想」「万葉人の生活」(日本叢書)生活社刊
昭和21年 東北大学名誉教授の称号をうける。
昭和22年 「阿部次郎選集」6巻 羽田書店刊
日本学士院会員に任ぜられる。
昭和24年 「残照」羽田書店刊
昭和25年 「三太郎の日記補遺」角川書店刊
昭和34年 10月20日死去

出 典:『日本美術年鑑』昭和35年版(143頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「阿部次郎」が含まれます。
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