黒田源次

没年月日:1957/01/13
分野:, (学)

 奈良国立博物館長黒田源次は、1月13日心臓疾患のため大阪大学医学部附属病院で逝去した。享年70歳、号★廬。明治19年12月9日熊本市に生れ、済々黌、第五高等学校を経て京都帝国大学文学部に入つて心理学を専攻し、明治44年6月卒業した。のち引続き大学院に学び、さらに大正3年同大学医学部副手となつて生理学を修め、同9年講師となり、同12年文学博士の学位を受けた。同13年から翌年にわたつて文部省海外研究生となつてドイツに赴き、ライプチッヒとベルリンで学んだ。同15年満州医科大学教授となり生理学教室を担当した。昭和6年生理学研究のため欧米各国へ留学、特にベルリンに滞在して研究をつづけ、同9年帰任した。この間、同大学学生監、満州教育専門学校教授を兼務し、昭和14年同大学図書館長及び医学陳列館長、同大学予科主事兼教授をつとめた。同21年満州を引揚げて内地へ帰り、翌22年には東京帝室博物館嘱託となり、同年国立博物館官制の制定とともに国立博物館嘱託となり、同年9月文部事務官に任ぜられ、国立博物館奈良分館長を命ぜられ、同年10月正倉院評議会々員を委嘱された。同27年奈良文化財研究所長を兼ね、同年8月奈良国立博物館長となつた。在任中病み、療養中であつたが、遂に再び立つことが出来なかつた。彼の研究は多方面にわたり、心理学、医学、薬学、支那学、考古学、美術史、日本古代史などにわたつた。その主な編著書に「上方絵一覧」(昭和4年、京都、佐藤商太郎商店刊)、「条件反射論」(大正13年、京都、生田書店)、「心理学の諸問題」(大正13年、東京宝文館)、「西洋の影響を受けたる日本画」(大正13年、京都中外出版株式会社)、「長崎系洋画」(昭和7年、創元社)、「芭蕉翁伝」(大正11年、聚英閣)がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和33年版(162頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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