梶原貫五

没年月日:1958/12/14
分野:, (洋)

 光風会々員梶原実五は心筋硬塞に脳軟化症を併発、12月14日渋谷区の自宅で逝去した。享年71才。明治20年3月6日福岡に生れ、明治43年頃上京。大正5年東京美術学校を卒業、黒田清輝、藤島武二の指導をうけた。大正3年の大正博覧会に「化粧の後」を出品、受賞したほか同年の光風会第3回展に「女」を出品した。同6年には光風会第5回展に「裸体」で今村奨励賞を受賞、昭和3年光風会々友、同6年第18回展で会員に推された。他方、官展には大正5年第10回文展に「縁陰」「窓際」が初入選となり、6年第11回文展「想韻」、また、帝展は第4回展「九月の日」を出品以来毎年出品をつづげ、第17回展から招待、無鑑査出品の待遇をうけた。主な作品は上記の外に第5回帝展「芽立ち頃」、第7回展「赤い日傘」などがあり、また幣原喜重郎、近衛文麿ほか貴族院議員など有名人の肖像画の制作が多い。

出 典:『日本美術年鑑』昭和34年版(156-157頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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