津田正周

没年月日:1952/01/19
分野:, (洋)

 洋画家津田正周は、心臓麻痺のため昭和27年1月19日ハルピンに於て逝去した。享年47歳。明治40年京都に生れ、京都絵画専門学校、関西日仏学院などに学んだのち、昭和4年フランスに留学、同8年帰国したが、更に10年から11年迄再度渡仏した。昭和9年、長谷川三郎村井正誠らと、最も自由な制作発表を唱えて「新時代洋画展」グループを結成したが、同会が新に、自由美術家協会として再組織ののち、14年4月退会し春陽会に移つた。然し、昭和17年、日本映画社美術課に入社以来、画壇を離れ、19年朝日映画嘱託、となり、20年には特派員として渡満した。その後、同地東北大学美術部講師、モスコー電影院画家、或はハルピン美術協会の指導者として、各地で美術関係の仕事に従事中客死した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和32年版(181頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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