南薫造

没年月日:1950/01/06
分野:, (洋)

 帝室技芸員、日本芸術院会員南薫造は、1月6日広島県賀茂郡において逝去した。享年68。明治16年同郡に生れ、同35年東京美術学校西洋画科に入学、同40年3月卒業した。同年イギリスに留学、ボロー・ジヨンソンに師事し、同42年フランスに転じて研究を続け、翌43年に帰朝した。同年第4回文展に「坐せる女」を出品して3等賞を受け、第5回文展に「瓦焼き」第7回文展に「春さき」、第9回文展に「葡萄棚」を出品していずれも2等賞を授けられた。大正5年以来文展及び帝展審査委員に挙げられ、昭和4年帝国美術院会員を仰付けられた。帝展に発表した作品に「とりいれ」(第2回)「結氷の湖水」(第3回)「湖畔」(第4回)「鶴渡る」(第10回)「まきば」(第12回)等がある。昭和4年東京工業大学講師となり、同7年東京美術学校教授に任ぜられ、同19年に及んだ。同12年帝国芸術院会員を仰付けられ、同19年帝室技芸員を拝命した。終戦後も疎開先に在つて、文展或は光風会等に作品を送つたが、遂に東京に帰ることなくして没した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(141-142頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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