梥本一洋

没年月日:1952/03/09
分野:, (日)

 元日展運営会参事、同審査員梥本一洋は3月9日京都市上京区の自宅で逝去した。享年58歳。本名謹之助、明治26年京都に生れ、京都美術工芸学校、京都絵画専門学校を卒業、山元春挙の門に入つた。春挙没後は同門の川村曼舟に師事、早苗会に重きをなした。又後京都絵画専門学校教授となり、美術教育の面にもたずさわつた。作品は主として官展に出品、帝展には第1回より入選し、昭和2年第8回帝展「蝉丸」、同3年第9回帝展「餞春」は特選となつた。同じく4年無鑑査となり、第14、5回には審査員に選ばれた。尚昭和18年耕人社を結成して主宰し、最近では昭和26年第7回日展に参事として「夕和」を出したがこれが展覧会へ出品の最後となつた。
略年譜
明治26年 京都に生る。
大正8年 第1回帝展「秋の夜長物語」出品。
大正10年 第3回帝展「燈籠大臣」出品。
大正11年 第4回帝展「源氏物語」出品。
大正13年 第5回帝展「雨月物語」出品。
大正14年 第6回帝展「万燈供養」出品。
大正15年 第7回帝展「白光流曳」出品。
昭和2年 第8回帝展「蝉丸」(特選)出品。
昭和3年 第9回帝展「餞春」(特選)出品。
昭和4年 第10回帝展「酒典童子」出品。無鑑査となる。
昭和5年 第11回帝展「綵★」(西施)出品。
昭和6年 第12回帝展「髪」出品。
昭和7年 第13回帝展「残蜩」出品。
昭和8年 第14回帝展「朝凪」出品。審査員となる。
昭和9年 第15回帝展「水の尾村の秋」出品。審査員となる。
昭和11年 文展招待展「鵺」出品。委員となる。
昭和13年 第2回文展「岬」出品。無鑑査となる。
昭和14年 第3回文展「壇風」出品。審査員となる。
昭和18年 第6回文展「朝凪」出品。
昭和19年 戦時特別展「月に祈る」出品。
昭和23年 第4回日展「秋」出品。
昭和24年 第5回日展「宵月」出品。依嘱となる。
昭和26年 第7回日展「夕和」出品。参事となる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和28年版(137-138頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「梥本一洋」が含まれます。
to page top