旭正秀

没年月日:1956/11/24
分野:, (版)

 旭正秀(号泰弘(やすひろ))は明治33年5月6日京都で生れた。大正7年京都府立第二中学校卒業後、東京朝日新聞社に入社し、昭和5年迄在勤した。その間、川端画学校に学び、版画家を志し、日本創作版画協会に出品をつづけ、大正11年同会々員となつた。昭和6年以後は同会の後身である日本版画協会の会員であつた。大正10年9月、小泉癸巳男等と雑誌「版画」を創刊、(後に「詩と版画」と改題)大正14年迄継続した。15年、素描社を創立。のちに「デッサン社」と改名したが、版画と素描の展観、雑誌「デッサン」の刊行など、啓蒙、普及、指導に力をそそいでいた。なお、昭和5-7年、9年-10年、11年-12年と3度外遊し、外務省、文部省後援による現代日本版画展の開催委員として活躍した。作品発表は日本版画協会のほか、春陽会、文展などであるが、むしろ版画の普及、紹介に尽力していた。著書も多く「大津絵」「日本の版画」「日本版画の技法」「開化の横浜絵」などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和32年版(180頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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