上阪雅人(こおさかがじん)

没年月日:1953/09/18
分野:, (版)

 木版画家上阪雅人は、明治10年5月10日御所書林、上阪庄次郎の次男として京都で生れた。山元春挙に師事し、19歳の折、第2回内国勧業博覧会に初めて花鳥画が入選受賞した。その後、図画教員をつとめていたが、30歳で上京し、白馬会洋画研究所で改めて洋画を学んだ。大正10年頃からは、木版による創作版画をはじめ、日本版画協会展に出品していた。また、図画教育についての関心もつよく、昭和5年の頃、文部省嘱託となり、啓明会から図画教育に関する研究の助成をえて、数冊の著述も遺している。作品は、春陽会、国画会、日本版画協会の展覧会に発表していたが、第二次大戦で罹災、全作品を焼失し仙台に疎開した。24年米国第9軍師団、ライダー司令官夫人の紹介で、ロスアンジェルスで個展を開き海外で注目される端緒となつた。25年1月上京し、26年にU・S・A・エデュケーションセンター、27年には仙台市、及びパリのチェルヌスキイ美術館で個展を開いている。晩年は抽象的傾向にうつり、墨刷の力強い作品をのこしているが、国内ではまとまつた展観の機会に乏しく、むしろ海外で好評、注目をうけていた。なお没後、31年にパリ、ニューヨーク、ウイーン、ローマ、等に於て遺作展が開かれた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和32年版(181頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2017年05月09日 (更新履歴)
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