大国貞蔵

没年月日:1950/02/11
分野:, (彫)

 元帝展審査員大国貞蔵は2月11日脳溢血のため芦屋市の自宅で死去した。享年61才。明治23年大阪に生れ大正5年東京美術学校彫刻科を卒業、同年文展初入選以来終始官展に作品を発表し、その間大正9年第2回帝展に「生」が特選、翌年再特選、11年推薦となつた。同年東京平和博覧会彫刻部審査員となり、翌12年第5回帝展審査員を拝命、更に第6回にも審査員に重任され、彫塑界の重鎮として知られた。昭和4年より5年にかけ文部省より嘱託され外遊した。展覧会出品以外の主なる作品に極東選手権競技大会の優勝楯「勝者に栄光あれ」や大阪ビルデイング玄関上部の「少女と鷲」がある。戦後日展出品の「顔」が最終作となつた。大正12年関東大震災以来、関西にあり、大阪近辺の彫塑家の育成に貢献するところがあつた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(142頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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