吉田鉄郎

没年月日:1956/09/08
分野:, (建)

 建築家吉田鉄郎は9月8日杉並区の自宅で逝去した。享年62歳。明治27年5月18日富山県東礪波郡に生れた。大正8年東京帝国大学工学部建築科を卒業、逓信省経理局営繕課に勤務した。この頃の作品に京都七条郵便局(現京都中央郵便局)がある。昭和6年7月渡欧、翌7年7月まで独逸を中心に、欧州各国、米国に留学、バウハウスでは日本建築について紹介をしている。帰国後の第一作となつた東京中央郵便局は、素直で健康な合理主義建築をとり入れた彼の最初の作品であるとともに、日本近代建築を代表する作品であつた。其後の作品には赤羽電話局、大阪中央郵便局があり、逓信省建築が他の保守的官庁建築にくらべて、最も近代的な動きを示したのは彼の功績によるところが大きい。昭和16年には第1回逓信協会功労賞をうけたが、19年逓信技師を辞し郷里に帰つた。21年日本大学教授となり25年病気のため退き、その後、北陸銀行新潟支店、同代々木寮、同長野支店などを手がけたが、病気のため著述に専念していた。著書は多く、“Das Japanischen Wohnhaus”, Berlin. 1935. “Japanische Architektur”, Tulingen, 1952. “The Japanese House and Garden” London, New York. 1955. 「日本の現代建築」「放送会館建築」、「スウェーデンの建築家」更にブルノータウトの訳書等多い。

出 典:『日本美術年鑑』昭和32年版(178頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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