六角紫水

没年月日:1950/04/15
分野:, (工,漆)

 芸術院会員漆工家六角紫水は尿毒症と老衰のため4月15日東京杉並の自宅で逝去した。享年84。本名を注多良といい、慶應3年広島県に生れた。明治26年第1回卒業生として東京美術学校漆工科を卒え、その年より同校の助教授をつとめた。同37年岡倉天心等と共に渡米し、ボストン博物館東洋部に勤務した。更にメトロポリタン博物館に勤務し、41年渡欧 ロンドン、パリ、ドイツ各地を巡つてロシヤ、清国を経て帰朝した。帰朝後再び東京美術学校に教鞭をとり後進の指導に当ると共に、楽浪漆器の研究を行い、又アルマイト漆器、彩漆等にも造詣が深かつた。昭和2年帝展に工芸部が新設されてより審査員或は無鑑査として帝文展に作品を発表する等漆芸界に残した功績は大きい。昭和16年には芸術院会員に推された。代表作に昭和5年第11回帝展に出品して帝国美術院賞を受けた「暁天吼号之図漆器手箱」、第14回帝展「海辺と湖辺衝立」、昭和14年第3回文展「抹金画飾台、慶祥山水図」等がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(143頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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