中村鵬生

没年月日:1959/01/21
分野:, (工,染織)

 染織工芸家中村鵬生は、1月21日京都市の自宅において、心筋梗塞のため急逝した。享年52歳。本名は成之助。明治39年10月2日京都に生まれた。大正8年より山鹿清華に師事して染織図案を学び、昭和4年から7年間、川島甚兵衛織物株式会社の図案部にあつて、染織図案並びに綴織を専門とした。昭和5年の帝展初入選以後は、作家としての活動が注目された。

略年譜
明治39年 10月2日、京都に生まれた。
大正8年 山鹿清華に師事する。
昭和4年 川島甚兵衛織物株式会社に入社する。
昭和5年 第11回帝展に「蔬菜図手織錦卓被」が初入選。
昭和6年 第12回帝展に「温室図手織錦壁掛」出品。
昭和7年 第13回帝展に「房生図手織錦壁掛」出品。
昭和9年 第15回帝展に「蘇鉄と鶏之図手織錦壁掛」出品。
昭和12年 第1回文展に「琵琶湖祭之図手織錦壁掛」出品。
昭和13年 第2回文展に「聖鍬之図手織錦壁掛」出品、大和橿原国史館買上。
昭和17年 第5回文展に「紅鶴群手織錦壁掛」出品。
昭和18年 8月、文展無鑑査に推薦される。
昭和19年 戦時特別文展に「献身手織錦壁掛」出品、京都市買上。
昭和21年 9月、第2回日展委員になる。
昭和25年 第6回日展出品作「野鶴手織錦壁掛」は特選。
昭和26年 第7回日展では出品依嘱になり、出品作「躍進手織錦壁掛」は文部省買上。
昭和27年 第8回日展では審査員、出品作は「凍朝手織錦壁掛」。
昭和28年 第9回日展からは出品依嘱がつづく。京都府工芸美術作家協会理事。
昭和30年 全日本工芸美術作家協会京都支部長。
昭和33年 3月、新日展の会員となり、6月には同展審査員となる。この第1回日展の出品作は「霜柱手織錦壁掛」。
昭和34年 1月21日逝去。

出 典:『日本美術年鑑』昭和35年版(137頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「中村鵬生」が含まれます。
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