田口掬汀

没年月日:1943/08/09
分野:, (評)

美術雑誌「中央美術」を主宰した田口掬汀は8月9日逝去した。享年6 9。本名鏡次郎。明治8年秋田県角館に生れ万朝報、大阪毎日、東京日日などの記者をつとめ、美術一般に造詣深く創作評論で知られた。中央美術を創刊し、大正5年金鈴社の結成には大いに力を尽した。同社が華々しい活躍をして当時の日本画壇に大きな影響を与えたのも、その努力の賜である。後、東京府美術館常議員となつた。田口省吾は子息にあたる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和19・20・21年版(88-89頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「田口掬汀」『日本美術年鑑』昭和19・20・21年版(88-89頁)
例)「田口掬汀 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8765.html(閲覧日 2024-04-25)

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