金森遵

没年月日:1945/03/20
分野:, (学)

 美術史家金森遵は、昭和20年太平洋戦争中比島戦線において戦死した。享年40歳。明治39年12月3日名古屋市に生まれ、第八高等学校を経て昭和3年4月東京帝国大学文学部美学美術史学科に入学し、同6年3月卒業、つづいて大学院に入学した。同7年2月幹部侯補生として近衛歩兵第一聯隊に入隊、11月満期退営した。同8年5月東京帝室博物館嘱託となり、同10年6月奈良帝室博物館嘱託となつて奈良に移り、在任中よく古寺を歴訪し、彫刻史の研究につとめた。同12年12月帝室博物館鑑査官補に任ぜられ、再び東京帝室博物館へ転じ、同15年前後研究に専念し多くの論文を発表した。同19年戦況急迫するにつれて感ずるところがあり、4月末帝室博物館を辞して航空工業会機体総部会に入社、6月応召してフィリッピン戦線に参加し、秋からレイテ島に於いて悪戦苦闘した。同20年引きつづきレイテ島に於いて苦闘ののち最後の脱出の船に取り残され、3月20日以後消息を絶つた。同22年第14方面軍残務整理部長から戦死の旨認定された。彼は日本彫刻史を専攻する少壮学者として将来を嘱目され、その鋭い論文は識者の注目するところであつたが、その戦死は惜しまれた。遺著に「日本彫刻史の研究」(河原書房、昭和24年)、「日本彫刻史要」(高桐書院、昭和23年)があり、その主要論文はこれらに収められている。尚その全論文の目録は前者に掲載されている。

出 典:『日本美術年鑑』昭和30年版(183頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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