永地秀太

没年月日:1942/12/14
分野:, (洋)

 旧帝展審査員元東京高等工芸学校教授洋画家永地秀太は、淀橋区の自宅で糖尿病療養中のところ脳溢血を併発12月14日逝去した。享年70。明治6年7月15日山口県に生れ、同23年9月松岡寿に師事、25年明治美術会附属教場絵画科に入り、27年4月卒業した。35年中村不折石川寅治等と大平洋画会創立に参加、又31年から陸軍中央幼年学校に勤務して大正8年教授となり、同9年退官、同年より文部省在外研究員として外遊、11年7月帰朝して8月東京高等工芸学校教授に任ぜられた。この間諸展に作品を発表、第3回文展出品「静物」は褒状となり、第7回文展出品「しぼり」は3等賞に推された。大正11年仏国官設美術展へ本邦美術品を出陳するに際してその事務を囑託され、翌年同展の準備委員、同年仏国政府よりレジヨンドノール勲章を贈られた。第4回展より審査員たること数回、昨年まで東京高等工芸学校にあつて後進の教育にあたつてゐた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和18年版(83頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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