能勢亀太郎

没年月日:1942/11/23
分野:, (洋)

 従軍画家として南支にあり、大東亜戦争後昭南に向つた能勢亀太郎は、現地で発病還送されたが、その後自宅にて療養中11月23日死去した。享年50。明治26年12月17日鳥取県東伯郡清水範忍二男に生れ、後改姓、大正8年東京美術学校西洋画科卒業、研究科を経て同14年には欧州へ遊学し、昭和2年帰国、同4年から6年へかけて再度渡仏した。帰国後は帝展文展に出品、白日会々員となり、能勢洋画塾を開いてゐた。昭和13年から北京に遊び、同15年には陸軍航空本部嘱託として支那を巡歴、重慶爆撃行にも参加、翌年「重慶三部作」のうち二部を完成して第1回航空美術展に出品したが、同年末より再び南支従軍となつたものである。

出 典:『日本美術年鑑』昭和18年版(82頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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