飛田周山

没年月日:1945/11/22
分野:, (日)

 旧帝展審査員飛田周山は11月22日逝去した。享年69。本名正雄。明治10年茨城県に生れ、20歳の時から久保田米僊に学び、後竹内栖鳳に学び、更に前期日本美術院研究科に入り、傍、橋本雅邦に師事した。39年文部省より国定教科書の挿絵を嘱託されてから昭和16年まで従事した。大正元年第6回文展に「天女の巻」を出し褒状を受け、第9回文展に「星合のそら」を出し再び褒状を受け、爾来毎回出品し特選を受ける事2回に及び、大正9年第2回帝展に「文殊菩薩」を出しこの年から無鑑査出品となつた。第6回帝展以来審査委員となり、改組文展になつてからも出品を続け、一方日本画院にも属して作品を発表していた。
略年譜
明治10年 2月26日茨城県多賀郡に生る
明治29年 久保田米僊につく
明治30年 竹内栖鳳につく
明治33年 日本美術院研究科に入り、橋本雅邦につく
明治39年 文部省より国定教科書挿絵揮毫を依嘱さる、昭和16年まで継続す
明治40年 文展第1回「維摩」入選
大正元年 文展第6回「天女の巻」褒状
大正4年 文展第9回「星合のそら」褒状
大正5年 文展第10回「わたつみの宮」
大正6年 文展第11回「幽居の秋」特選
大正7年 文展第12回「崑崙之仙窟」無鑑査
大正8年 帝展1回「神泉」特選
大正9年 帝展2回「文殊菩薩」無鑑査
大正10年 帝展3回「伝説の淵」、帝展推薦となる
大正11年 平和記念博覧会「残燈」
大正14年 帝展6回「天の真名井」、帝展委員となる
大正15年 帝展7回「業火」「更生」「慈光」、帝展委員となる
昭和3年 帝展9回「山月滞雨」帝展審査員となる
昭和4年 中国に出張す
昭和5年 伯林日本画展「月天」「騰竜」、帝展11回「澹雲籠月」、朝鮮美術審査員となる
昭和7年 帝展13回「暁日」
昭和9年 帝展15回「明暉」
昭和10年 帝国美術院指定となる、文展(招待展)「暁山雲」
昭和12年 文展第2回「白雲巻舒」
昭和13年 文展第3回「降魔」
昭和16年 文展第5回「敵国降伏」
昭和17年 文展第6回「洽光威八荒」
昭和18年 朝鮮美術審査員となる
昭和20年 11月22日没

出 典:『日本美術年鑑』昭和19・20・21年版(103-104頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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