川村曼舟

没年月日:1942/11/07
分野:, (日)

 帝国芸術院会員、京都市立絵画専門学校長兼京都美術工芸学校長川村曼舟は腎臓炎のため11月7日洛西嵐山の自宅で逝去した。享年63。本名万蔵、明治13年7月9日京都に生れ、山元春挙に師事、文展第2回に「黄昏」を出品して3等に推されて以来連年秀作を発表、殊に温雅な風景画を得意とした。大正8年以降毎年帝展審査員、昭和6年帝国美術院会員となり、春挙没後の早苗会の指導者として、又京都市立絵画専門学校長として美術界の教育指導に尽瘁してゐた。代表作に「比叡三題」「連峯映雪」「竹生島」「古都の春」「晃雲暁靄」「驟雨過」「伊都岐島」等がある。
略年譜
明治13年 7月9日京都市に生る、名は万蔵
明治31年 8月山元春挙に入門
明治33年 新古美術品展覧会「春風」2等褒状
明治35年 新古美術品展「薩摩潟」3等賞、10月京都市立美術工芸学校助手拝命
明治38年 新古美術品展「春雨」4等賞
明治39年 1月京都市立美術工芸学校助教諭拝命、新古美術品展「烈婦孟姜」
明治40年 新古美術品展「寒天炎天」3等賞
明治41年 新古美術品展「渓間の春」4等賞、文展「黄昏」3等賞
明治42年 文展「山村暮靄」3等
明治43年 文展「夕月」3等、4月京都市立美術工芸学校教諭任命
明治44年 文展「高野山の秋」褒状
大正2年 文展「鶺鴒」
大正3年 文展「比叡三題」2等(震災焼失)
大正4年 文展「連峰映雪」2等
大正5年 文展「竹生島」特選
大正6年 文展「日本三景」
大正7年 文展「古都の春」無鑑査
大正8年 帝展審査員「海二題」
大正9年 帝展審査員「三十三間堂」
大正10年 帝展審査員「悶え」
大正11年 帝展審査員「雨二題」、6月叙従7位、7月絵画専門学校教授
大正12年 日本美術展「寝覚の床」
大正13年 帝展「薄れ日」、8月叙正7位
大正14年 帝展「斜陽」
大正15年 聖徳太子奉賛展「神苑」10月叙従6位、帝展「移る潮」
昭和2年 帝展「嶺雲揺曳」
昭和4年 帝展「塩田夏晨」
昭和5年 伊太利展「晃雲暁靄」、帝展「驟雨一過」
昭和6年 米国トレド展「荒磯」、10月帝国美術院会員被仰付
昭和7年 10月叙勲6等授瑞宝章
昭和8年 帝展「阿里山の五月」
昭和9年 京都市展「細雨空濠」
昭和10年 6月帝国美術院会員被仰付、12月叙正6位
昭和11年 6月20日任京都市立絵画専門学校長兼美術工芸学校長、文展「霧氷」、大礼記念京都美術館評議員、京都市美術教育顧問
昭和12年 文展「秋空」
昭和13年 京都市展「白雲無尽」文展「時雨るゝ山湖」、11月叙従5位
昭和14年 京都市展「朝」、文展「信濃の秋」3月叙勲5等授瑞宝章
昭和15年 皇紀二千六百年奉祝展「微雨」、紐育万国博「伊都岐島」、恩賜元離宮二条城評議員
昭和16年 京都市展「暮雲」、「白馬嶽」京都護国神社奉納額
昭和17年 日本画家報国会献納画展「暁靄」、5月1日勅任官を以て待遇せらる、同15日叙正5位、6月3日叙勲4等授瑞宝章、11月7日逝去、同16日京都市立絵画専門学校にて校葬執行

出 典:『日本美術年鑑』昭和18年版(81-82頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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