三木宗策

没年月日:1945/11/28
分野:, (彫)

 旧帝展、文展審査員、正統木彫家協会々員三木宗策は、昭和20年11月28日疎開先の福島県郡山市で没した。享年54歳。明治24年福島県に生れ、16歳の時上京して山本瑞雲の門に入り、木彫を学んだ。大正5年第10回文展に「ながれ」を出品して入選したのをはじめ、文、帝展に出品し、同14年第6回帝展出品の「不動」は特選となり、昭和2年帝展委員に選ばれ、同7年帝展審査員、同13年新文展審査員に挙げられた。この間、昭和6年内藤伸、沢田晴広等と日本木彫会を結成して毎年東京および大阪で展覧会を開催したが、同15年日本木彫会から分離して正統木彫家協会を起し、毎年展覧会を開いた。伝統的な木彫に写実的手法を加え、新作風を企てつつあつたが、中途に倒れたことは惜しまれる。
略年譜
明治24年 福島県郡山市に生る。
明治39年 東京に出て山本瑞雲に師事し木彫を学ぶ。
大正5年 第10回文展に「ながれ」初入選。
大正6年 第11回文展に「美しき星の一つに」出品。
大正7年 第12回文展に「若き日のなやみ」出品。
大正9年 第2回帝展に「愛染」出品。
大正10年 第3回帝展に「大風歌」出品。
大正11年 第4回帝展に「日本武尊」出品。
大正13年 第5回帝展に「威容抱慈」出品。
大正14年 第6回帝展に「不動」出品、特選を受く。
大正15年 第7回帝展に「降誕」無鑑査出品。
昭和2年 帝展委員となる。第8回帝展に「かやのひめの神」無鑑査出品。
昭和3年 第9回帝展に「円」無鑑査出品。
昭和4年 第10回帝展に「西王母」無鑑査出品。
昭和5年 第11回帝展に「矜羯羅童子」無鑑査出品。
昭和6年 内藤伸佐々木大樹三国慶一、沢田晴広らと日本木彫会を結成す。第12回帝展に「万象授生」無鑑査出品。
昭和7年 第13回帝展に審査員となり「制多伽童子」を出品。
昭和8年 第14回帝展に「銀河惜乱」無鑑査出品。
昭和9年 第15回帝展に「羅馬少年使節」無鑑査出品。
昭和11年 文展に「丹花綻ぶ」を招待出品。
昭和12年 第1回文展に「国威発揚」を招待出品。
昭和13年 第2回文展に審査員となり「粧ひ」を出品。
昭和14年 第3回文展に「空海」を招待出品。
昭和15年 日本木彫会から分離し沢田晴広らと正統木彫家協会を設立し、毎年展覧会を開く。
昭和13年 広島県瀬戸多島耕三寺に七観音を製作(昭和16年完成)。
昭和19年 戦時特別展に「北条時宗像」を出品。
昭和20年 福島県郡山市で永眠。

出 典:『日本美術年鑑』昭和30年版(182頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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