清水南山

没年月日:1948/12/07
分野:, (工)

 帝室技芸員、芸術院会員として彫金界の元老であつた南山清水亀蔵は、12月7日腹膜炎のため練馬区の自宅で逝去した。年74。明治8年3月30日広島県豊田郡に生れ、明治29年東京美術学校彫金科を卒業、同年11月研究科に入つて加納夏雄、海野勝珉につき、さらに32年9月には塑造科に入学、藤田文蔵に師事した。35年研究科修了後は自営して彫金にはげみ、明治42年6月から香川県立工芸学校に奉職して約6年にわたつた。大正4年病のため教職を退き、四国八十八ヶ所の巡礼をなし、しばらく大和にあつて古美術の研究にふけつたが、法隆寺佐伯定胤にみとめられ、やがて上京して、大正天皇御即位記念に司法省より献納の金装飾太刀の製作半ばのものを岡部覚弥没後ひきついで完成した。その直後大正8年東京美術学校教授となり、以来昭和20年7月まで在職、その間昭和9年12月に帝室技芸員、昭和10年1月日本彫金会会長、6月には帝国美術院会員にあげられた。展覧会には昭和2年帝展第四科の設置以来、逝去の年にいたるまで審査員あるいは無鑑査として毎年かかさず出品し、多くの秀作を残している。代表作としては宮内省の依嘱によつて香椎宮及住吉神社に納められた黒味製鍍金の金燈籠、第10回帝展の「梅花文印櫃」、奉祝展に出た「鉄板衝立」などがあり、戦後の出品作には「切嵌平象嵌毛彫額面十二神将図」(日1)、「龍文花瓶」(日2)、「銀香炉」(日3)、「波上鉢」(日4)などがあつた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(138頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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