満谷国四郎

没年月日:1936/07/12
分野:, (洋)

 帝国美術院会員、太平洋画会員満谷国四郎は病気の為昨秋来淀橋区の自邸で加療中であつたが、7月12日午前9時逝去した。享年63。明治7年10月11日岡山県吉備郡に生る。同24年上京、翌年11月小山正太郎の不同舎に入門した。同31年、明治美術会10周年記念展に「林大尉の戦死」、「妙義山真景」等を出品して其名を知られるに至つた。同33年米国経由にて渡欧し、翌年帰朝。帰朝に際し、明治美術会改組の事あり、同35年木下藤次郎、中川八郎、吉田博等と共に太平洋画会を創立した。爾後文展の開催まで同会に拠り作品を発表した。「楽しきたそがれ」、「軍人の妻」、「戦の話」等はこの間の作品である。同40年文部省美術審査委員会委員を設置するや爾後毎歳委員を拝命。同44年秋再渡欧し、大原孫三郎の好意の下に留学2年に及び大正3年帰朝した。滞欧中の研鑚は其の製作上の主張に著しい変化を来した。渡欧前に示した既に完成に近いアカデミツクな技法を惜し気もなく一擲し、後期印象派の感化を多分に受けた近代派の画風に転じて帰朝後其の勇敢な試みを次々に発表し画壇を駭かしたのであつた。其の様式も次第に醇化され、好んで描く裸体と風景とに独自の画境を完成し、詩情に富んだ美しい画面を数多く作つた。晩年の作品は平面化された装飾的な取扱を特色とし、特に色彩感に勝れて渾然たる大家の風を成すに至つた。文展時代の主要作品としては渡欧前の「購夢」、「かぐや姫」帰朝後の「砂丘の家」、「江畔魚商」等が挙げられよう。大正8年帝展審査員を命ぜられ、同14年帝国美術院会員に任命された。大正12年の50歳記念展出品の「樹蔭」帝展出陳の「早春」、「小憩」、「早春の庭」、「緋毛氈」、四皓会出品の「罌栗」等は後年の代表作として特筆さるべきものであらう。
満谷国四郎略年譜
明治7年 10月11日岡山県吉備郡総社町に生る。
明治24年 18 上京、五姓田芳柳の門に入る。
明治25年 19 11月不同舎に入門。
明治31年 25 明治美術会10周年記念展「林大尉の戦死」「妙義山真景」
明治32年 26 明治美術会展「尾道港」。結婚。
明治33年 27 欧米第1回留学、巴里大博覧会「蓮池」褒状
明治34年 28 帰朝。
明治35年 29 1月大下、中川、吉田等と共に太平洋画会組織。太平洋画会第1回「夕暮の小径」等
明治36年 30 太平洋画会会第2回「楽しきたそがれ」外20点。
明治37年 31 聖路易博覧会「雛」(楽しきたそがれ改題)銅賞。太平洋画会展第3回「軍人の妻」ほか10点。
明治38年 32 太平洋画会展第4回「勝利の片影」ほか8点。
明治39年 33 太平洋画会展第5回「戦の話」等
明治40年 34 文展第1回「購夢」。爾後毎年文展委員被仰付、東京勧業博覧会審査員任命、同会出品「かりそめのなやみ」1等賞。
明治41年 35 文展第2回「車夫の家族」
明治42年 36 文展第3回「かぐや姫」「緑蔭」
明治43年 37 文展第4回「二階」
明治44年 38 文展第5回「港の雨」。再渡欧。
大正3年 41 帰朝。文展第8回「砂丘の家」。滞欧作品展出品「髪」、「ブルトンの女」等。
大正4年 42 文展第9回「魚市場」「島」
大正5年 43 文展第10回「素焼」
大正6年 44 文展第11回「長崎の人」
大正7年 45 文展第12回「江畔魚商」
大正8年 46 帝展第1回「椿樹の下」、爾後殆ど毎年帝展委員任命
大正9年 47 帝展第2回「李花」
大正10年 48 帝展第3回「かけひ」、「白樺と渓流」
大正11年 49 帝展第4回「島」(大島)、「葡萄」
大正12年 50 50歳記念展「樹蔭」「柳蔭繋舟」。第一次渡支。
大正13年 51 帝展第5回「採果」「後庭」。第二次渡支。
大正14年 52 帝展第6回「早春」「裸女」。7月帝国美術院会員被仰付。神戸市に個展開催。
大正15年 53 帝展第7回「海棠樹」。燕巣会「石橋」。第三次渡支。
昭和2年 54 帝展第8回「残雪」。6月聖徳記念絵画館壁画完成。
昭和3年 55 帝展第9回「小憩」。燕巣会「梅日和」
昭和4年 56 帝展第10回「籘椅子」。第四次渡支。
昭和5年 57 帝展第11回「朝顔」
昭和6年 58 帝展第12回「早春の庭」
昭和7年 59 帝展第13回「緋毛氈」。太平洋画会展第28回「高原を行く人」
昭和8年 60 帝展第14回「放牧」、四皓会展第1回「京の雨」「赤城の新緑」「奈良の春」
昭和9年 61 帝展第15回「秋雨」
昭和10年 62 四皓会展第2回「湖畔の秋」「榛名湖」「庭の雪」
昭和11年 63 四皓会展第3回「罌栗」。7月12日午前9時逝去、同月15日告別式挙行。

出 典:『日本美術年鑑』昭和12年版(146-147頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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