原田和周

没年月日:1936/01/16
分野:, (洋)

 春陽会々友原田和周は豫て肝臓癌のため加療中であつたが1月16日逝去した。享年42。明治28年静岡県磐田郡に生る。大正3年日本美術院洋画部の研究員となり数回院展に出品して同6年同院々友に推薦された。この頃原田恭平と称す。大正11年以降春陽会展第1回より毎回出品し、聚文と号したが、昭和8年和周に改めた。その遺作は11年度春陽会展に油絵10点が陳列され、更に同年7月銀座日動画廊に遺作展が開催された。故人の作風に就ては山本鼎が同遺作展案内状に認めた紹介文の一節を掲げる。
 「胸の病をもつた此の人は、田園生活を続けましたから、絵のモテイフは概ね田園の景物です。着実な印象派系統の仕事を以て始終し、前期のものは質朴な筆致と寂のある調色が特色ですし、後年のものは、敢て筆致をころした重厚なマチエールと、鮮麗な陽色が目を惹きます」

出 典:『日本美術年鑑』昭和12年版(142頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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