赤塚自得

没年月日:1936/02/01
分野:, (工,漆)

 帝国美術院会員赤塚自得は胃潰瘍を病み、芝区の自宅で加療中のところ2月1日逝去した。享年66。葬儀は同月3日芝教会で行はれた。赤塚家は代々漆芸を以て家業とし、平左衛門を名乗り、彼は七代目に当る。蒔絵を専門とし現代漆芸界の巨匠であつた。明治4年東京市芝区浜松町に生る。同18年狩野久信に就て日本画を、翌年蒔絵を先考に学ぶ。20年勧学義塾の中等科に学んだ。尚明治43年には寺崎広業に就て日本画を、又同45年に白馬会洋画研究会に於て洋画を修めた。明治40年、東京勧業博覧会審査官、東京府美術工芸展の審査員に就任し、大正元年、日本美術協会の審査員に、同12年日本工芸協会の理事となつた。同13年工芸済々会の創立委員となり、昭和2年、日本美術協会展の審査主任、日本工芸美術会の創立委員となり、又帝展及商工省工芸展の審査員を仰付られた。同4年商工省工芸調査会の委員に任命され、翌年帝国美術院会員に任命された。

出 典:『日本美術年鑑』昭和12年版(142頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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