針生一郎

没年月日:2010/05/26
分野:, (評)
読み:はりういちろう

 評論家の針生一郎は5月26日、川崎市市内の病院で急性心不全のため死去した。享年84。1925(大正14)年12月1日、宮城県仙台市に生まれる。生家は味噌醤油屋を営んでいた。「学生時代は軍国青年であった」と本人は語り、保田与重郎などの著作に傾倒し、1948(昭和23)年東北大学文学部卒業(卒論は島崎藤村)。49年東京大学美学科特別研究生(旧制の大学院制度、54年修了)。48年頃から、花田清輝、野間宏らの「夜の会」、安部公房らの「世紀の会」、雑誌『世代』の同人に、50年からは岡本太郎らの「アヴァンギャルド芸術研究会」などに参加することで、読書会や現場を主体とした在野の視点を築き、学者でなく批評家の道を歩む方向を見出す。だが、一方では52年美学会の創立に参加、学会誌『美学』の編集に携わる。53年には日本共産党に入党し(61年除名)、日本文学学校に職を得る。また、ルカーチの著作にふれ文学・哲学関連の執筆活動をはじめており、53年に新日本文学会へ入会する。同会は針生が一番長く所属した会であり、『新日本文学』の編集委員や議長を歴任した。さらに同年『美術批評』誌への執筆が、現代美術評論家の出発となった。針生の評論活動の時代は、戦後民主主義の始動、60年・70年安保といった政治的な激動期であった。自身、50年代の基地闘争をはじめ三井三池炭抗闘争へ参加、「政治と芸術」をテーマに、現代芸術と大衆(または生活者)をめぐるダイナミクスを論じることを常としていた。69年から刊行された全6巻の評論集は、戦後の芸術運動を捉え、「大衆のなかから形なき前衛」を望む姿勢を発するものである。対外的には、67年のヴェネチア・ビエンナーレ、77年と79年のサンパウロ・ビエンナーレのコミッショナーをはじめ、アジア・アフリカ作家会議の委員を務めるなど、パレスチナをはじめとする第三世界、国交樹立前の中国や南北朝鮮との文化交流に積極的に参加した。67年からのヨーゼフ・ボイスとの交流は「運動としての芸術」への思いを強くしたという。70年代半ばからは「<前衛>の理念の崩壊とともに、個々の作家の仕事を同時代人に正確にうけとらせる作家論に力をそそぎ」(引用「自筆年譜」『機關』17号針生一郎特集より)、今井俊満岡本太郎香月泰男桂ゆきなど多くの美術家の展覧会図録や作品集へ寄稿した。80年代から、「退役批評家」と自嘲的に語り、「原稿執筆は喫茶店の梯子」もしなくなったと語っていた。1999(平成11)年に肺がんを発症、入院し抗がん剤で治療をするも、愛用のタバコ「わかば」は離さなかった。2000年の光州ビエンナーレでは「芸術と人権」の特別展示のキュレーター、02年にはアートスポット「芸術キャバレー」の設立に加わった。評論、講演活動を死の直前まで体に鞭打ち行なった「生涯現役の行動する評論家」といえよう。ドキュメンタリー映画に『日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男』(大浦信行監督、2001年)、出演映画に『17歳の風景―少年は何を見たのか』(若松孝二監督、2005年)がある。1968年から73年まで多摩美術大学教授、74年から96年まで和光大学教授、98年から2000年まで岡山県立大学大学院教授を歴任。また金津創作の森館長、原爆の図丸木美術館館長、美術評論家連盟会長を務めた。

主な著書

『ゴーガン』 『レジェ』(みすず書房・美術ライブラリー、1958年、1959年) 
『芸術の前衛』(弘文堂現代芸術論叢書、1961年) 
『われらのなかのコンミューン 現代芸術と大衆』(晶文社、1963年) 
『現代美術のカルテ』(現代書房、1965年) 
針生一郎評論』(全6巻、田畑書店、1969-70年) 
『文化革命の方へ 芸術論集』(朝日新聞社、1973年) 
『現代の絵画 別巻今日の日本の絵画』(平凡社、1975年) 
『戦後美術盛衰史』(東書選書 1979年) 
『言葉と言葉ならざるもの』(三一書房、1982年) 
『わが愛憎の画家たち』(平凡社選書、1988年) 
『修羅の画家 評伝安部合成』(岩波同時代ライブラリー41、1990年) 

主な訳書

『リアリズム芸術の基礎』(ルカーチ著、未來社、1954年) 
『バルザックとフランス・リアリズム』(ルカーチ著、男沢淳と共訳、岩波書店現代叢書、1955年) 
『ダダ 芸術と反芸術』(H・リヒター著、美術出版社、1966年) 
『シュルレアリスム』(ベンヤミン著作集8、野村修と共訳、晶文社、1981年) 
『ジョン・ハートフィールド フォトモンタージュとその時代』(H・ヘルツフェルド著、水声社、2005年) 

主な編著

『現代絵画への招待』(南北社、1960年) 
『現代美術と伝統』(合同出版社、1966年) 
『われわれにとって万博とはなにか』(田畑書店、1969年) 
『現代の美術Art Now 第10巻記号とイメージ』(講談社、1971年) 

出 典:『日本美術年鑑』平成23年版(437-438頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「針生一郎」『日本美術年鑑』平成23年版(437-438頁)
例)「針生一郎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28494.html(閲覧日 2024-04-24)

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