平敷兼七

没年月日:2009/10/03
分野:, (写)

 写真家の平敷兼七は、10月3日肺炎のため浦添市内の病院で死去した。享年61。1948(昭和23)年沖縄県今帰仁村上運天(なきじんそん・かみうんてん)に生まれる。67年琉球政府立(現、沖縄県立)沖縄工業高校デザイン科卒業。上京し東京写真大学(現、東京工芸大学)工学部に入学するが、写真撮影の技術を学ぶため69年同学を退学し、東京綜合写真専門学校に入学。折からの学園紛争による学校の閉鎖期間に沖縄の離島を撮影。在学中より個展「オキナワ・南灯寮」(沖縄タイムスホール、1969年)を開催、『カメラ毎日』誌に作品(「故郷の沖縄」、1970年3月号)を発表するなど写真家としての活動を始め、72年に同校を卒業、帰沖した。第二次大戦の戦闘や戦後の占領、復帰後も残る米軍基地などに翻弄され続けた同時代の沖縄の人々の生を、政治とは距離を置きつつ、沖縄固有の歴史や文化をふまえたさまざまな視点から撮影し、とくに「職業婦人」と題する娼婦たちをめぐる作品などで評価を得た。85年には沖縄の写真家嘉納辰彦、石川真生らと同人写真誌『美風』を創刊、87年に同人による合同展「美風」(那覇市民ギャラリー)を開催するなど地元に根ざした活動を展開。写真集に『沖縄を救った女性達』、『沖縄の祭り―宮古の狩俣島尻の夏プーズ』、『沖縄戦で死んでいった人達のための「俑」』(いずれも私家版、1992年)などがある。2007(平成19)年には約40年にわたる作家活動のなかから代表作によって編まれた写真集『山羊の肺 沖縄一九六八―二〇〇五年』(影書房)を上梓、この写真集をもとに構成した同題の個展(銀座ニコンサロン・大阪ニコンサロン、2008年)により、第33回伊奈信男賞を受賞した。現代沖縄の代表的な写真家の一人として、「琉球烈像―写真で見るオキナワ」展(那覇市民ギャラリー、2002年)、「沖縄文化の軌跡1872―2007」展(沖縄県立美術館、2007年)、「沖縄・プリズム1872―2008」展(東京国立近代美術館、2008年)などにもその作品が選ばれている。

出 典:『日本美術年鑑』平成22年版(476頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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