田中日佐夫

没年月日:2009/05/15
分野:, (学)

 成城大学名誉教授で、日本美術史研究者であり、美術評論家の田中日佐夫は、S状結腸癌のため5月15日死去した。享年77。1932(昭和7)年2月7日、岡山県岡山市に、陸軍軍人であった田中誠、母文の長男として生まれる。幼少期、東京牛込区、満州国新京特別区に転居した後に京都市に住む。51年3月香里高等学校を卒業、同志社大学短期大学英語科を卒業後、54年に立命館大学文学部史学科3回生として編入学。58年に同大学大学院文学研究科日本史専攻修士課程修了。龍村織物美術研究所勤務を経て67年から72年まで、滋賀県教育委員会文化財保護課美術工芸担当として勤務。在職中の67年10月、『二上山』(学生社)を刊行。同書は、大阪と奈良にまたがる二上山に残る古代の陵墓群に注目し、古代の「葬送儀礼」が、各種芸術の母体になっているのではという認識から、美術、文学、芸能、歴史、民俗史研究を横断的に見渡しながら考察した内容であり、斯界の研究者から高い評価をうけた。72年4月に成城大学文芸学部芸術学科助教授、79年に同大学教授となる。81年には、『美術品移動史 近代日本のコレクターたち』(日本経済新聞社)、『日本美術の演出者 パトロンの系譜』(駸々堂出版)を相次いで刊行。両書とも、従来の美術史研究ではかえりみられなかったコレクター、パトロンたちに焦点をあてた、ユニークな研究書であった。さらに83年には、『日本画繚乱の季節』(美術公論社)を刊行。同書は、京都を中心に活動した竹内栖鳳、そして国画創作協会の画家たちとその作品を丹念に検証し、従来の近代美術における画壇史的な記述とはことなった研究書として評価をうけた。同書により84年度サントリー学芸賞を受賞。85年、『日本の戦争画 その系譜と特質』(ぺりかん社)を刊行、第二次世界大戦中に描かれた「聖戦美術」を中心に、明治から戦後の美術までを、戦争と画家をテーマにした系譜として記述し、日本の近代美術と社会(戦争)の接点に視点を据えた問題提起的な研究書であった。88年には京都新聞の新聞連載をまとめた『竹内栖鳳』(岩波書店)を刊行、翌1989(平成元)年、同書により芸術選奨文部大臣賞を受賞。大学で後進の指導にあたるかたわら、94年4月に開館した秋田県立近代美術館長(秋田県横手市)に就任。96年には、『画人・小松均の生涯 やさしき地主神の姿』(東方出版)を刊行。99年に紫綬褒章受章。2002年に成城大学を退職、名誉教授となる。2004年3月に、秋田県立近代美術館を退職、名誉館長となる。同年8月には、王舎城美術寶物館(現、海の見える杜美術館、広島県廿日市市)顧問となる。また同年11月、旭日小綬章綬章。2005年11月、秋田県文化功労者として表彰された。田中の美術史研究者としての関心は、多岐にわたる著述活動を一覧しても了解されるように、非常に広範囲で古代から近代、現代美術まで及んでおり、さらに歴史学、文学、民俗学等の関連領域の学問の成果を視野に入れながらの研究活動であった。また、同氏の記述に対する細心の注意は、論文でもエッセイでも同じく、難解さをきらいながら、それでいて自身の考察や観察を平易な言葉で伝えようとつとめるところに向けられていた。そうした姿勢の背後には、専門的に深められた既存の学問の在り方に対するある違和感や疑問を持っていたことがあげられるだろう。自身の研究、あるいは学問の在り方について、同氏はつぎのような言葉をのこしている。「私は、完成された作品を『作品』として調査し、整然と分析し、整理して発表することに意欲のわかないたちらしい。私が意欲をもつのは、その作品が生み出される混沌とした世界(カオス)であり、生み出された作品に対してもその作品が秘めているカオスの部分、あるいは重層するカオスの構造そのものを照射することに興味があるのである。そして同時に、作品を享受するときに私たちの意識の中に生じているある種のゆらめきのようなもの―それは確定的なものというより、不確定要素の強いものである―を内包することのできるように、論述の言葉に相当の幅をもたせて述べていけないものかとも考えていた。」(「あとがき」、『日本の美術―心と造形』、吉川弘文館、1995年)。ここからは、博識で、広範囲な領域に関心を絶えず持ちつづけ、そしてそれを自らの言葉で表現しようとする研究者であった同氏ならではの率直な意志を読みとることができる。なお、2012年5月に刊行予定の遺稿集『日本美術史夜話』に、同氏の「略年譜」、「主要著作目録」、「著述目録」等が掲載されることになっている。

出 典:『日本美術年鑑』平成22年版(467頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「田中日佐夫」が含まれます。
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