水井康雄

没年月日:2008/09/03
分野:, (彫)

 パリを拠点にモニュメンタルな環境彫刻を制作し、国際的に活躍した水井康雄は9月3日、すい臓がんのためフランス・アプトの病院で死去した。享年83。1925(大正14)年5月30日、京都に生まれ、1947(昭和22)年神戸高等工業学校機械科を卒業。終戦の混乱期の中で、過去の教育の一切を捨て、一人でできる仕事を志向して東京芸術大学彫刻科に入学。平櫛田中菊池一雄山本豊市らに師事し、53年に同科を卒業する。同年フランス給費留学生としてパリに留学し、パリ国立美術学校で58年までA・ジャニオ、M・ジモンに学んだ。59年からフランス国内外での団体展に出品したほか、複数の作家がひとつの場所に集まって制作し、研鑽する彫刻シンポジウムに参加。59年のビエンナーレ・ド・パリでA・シュス個人賞を受賞。60年にオーストリアの採石場で開かれた石彫のシンポジウムに参加して以後、石を自らの心身を矯めなおす素材として重視し、好んで用いるようになる。62年には第1回ベルリン・シンポジウムで同年度ドイツ批評家賞受賞、64年には第7回高村光太郎賞を受賞した。ロマネスク彫刻に深い共感を抱き、周囲の環境や歴史、人々の暮らしを踏まえ、その場に溶け込む造形をめざし、公共の場に設置される大規模な作品を得意とした。ボルドー大学法学部に設置されている「泉の化石」ほかフランスやヨーロッパに多くの作品を残すが、国内では東京オリンピックの際に竣工した東京代々木競技場にある「余韻の化石」「火の化石」「音の化石」(各1964年)など花崗岩によるレリーフ大作、噴水と組み合わせた神戸総合運動公園の石彫「Fountain Date6」(1985年)、宇部市渡辺翁記念公園の「石凧」(1964年)などがある。手先の器用さが通じない石という素材を好んだが、小品ではブロンズなどの金属を素材とする制作も行った。火、水、風など不定形のモティーフを好み、抽象的な形を志向した。

出 典:『日本美術年鑑』平成21年版(437頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「水井康雄」が含まれます。
to page top