鈴木進

没年月日:2008/07/16
分野:, (学)
読み:すずきすすむ

 美術史家、美術評論家で東京都庭園美術館名誉館長の鈴木進は7月16日午前6時8分、老衰のため東京都世田谷区内の病院で死去した。享年96。1911(明治44)年8月14日、静岡県に生まれる。旧制静岡中学を卒業後、東京帝国大学文学部美学美術史学科に進み、同学科で日本美術史の藤懸静也に師事。1936(昭和11)年卒業と同時に同学科初代の助手に就任。40年文部省学芸課嘱託となり、美術問題を調査研究。戦争中の44年から45年に兵役に就く。復員後の46年に東京帝室博物館調査課に勤務、文部技官となり国宝・重要文化財の指定・調査・研究に携わる。50年文部省の外局の文化財保護委員会の設立に従事。以後、同委員会が文化庁となると絵画部門の文化財調査官として長年国内の調査にあたり、また海外への紹介に努めた。さらに公務の一方で、慶応義塾大学、東京都立大学の講師を務める。52年の美術評論家連盟の結成時には幹事として尽力。近世日本絵画、とりわけ文人画を中心とする研究、そして近現代日本画を軸に幅広い分野の評論活動を行った。83年には開館したばかりの東京都庭園美術館の館長に就任し、1996(平成8)年まで務めた。その間、「日本の美 ジャポネズリーのルーツ」展(1985年)や「江戸美術の祝祭」展(1989年)等、とくに江戸美術への見識を活かした展覧会を実現させた。また80年に創設されたジャポニスム学会に幹事として尽力し、2002年からはその顧問となった。その経歴と人となりについては、同学会の機関誌『ジャポニスム研究』28号(2008年)に掲載された岡部昌幸「鈴木進先生追悼―グローバルな視点で日本美術を国内外に紹介、美術界の発展に尽くされた」に詳しい。主要な編著書は下記の通りである。

『東洋美術文庫14 応挙』(アトリヱ社、1939年) 
『毎日少年ライブラリー 国宝ものがたり』(毎日新聞社、1954年) 
編集『講談社版アート・ブックス29 玉堂』(大日本雄弁会講談社。1955年) 
編集『浦上玉堂画集』(日本経済新聞社、1956年) 
竹田道太郎と共著『日本画とともに 十大巨匠の人と作品』(雪華社、1957年) 
高見順と共著『原色版美術ライブラリー121 大雅』(みすず書房、1958年) 
編集『蕪村』(日本経済新聞社、1958年) 
『講談社版日本近代絵画全集21 鏑木清方・平福百穂』(講談社、1962年) 
編集『世界美術全集10 日本10(江戸2)』(角川書店、1963年) 
編集『芋銭』(日本経済新聞社、1963年) 
編集『竹田』(日本経済新聞社、1963年) 
編集『日本の美術39 応挙と呉春』(至文堂、1969年) 
編集『日本絵画館10』(講談社、1971年) 
『近世異端の芸術 若冲・蕭白・芦雪』(マリア書房、1973年) 
飯島勇と共著『水墨美術大系12 大雅・蕪村』(講談社、1973年) 
『日本の名画9 浦上玉堂』(講談社、1973年) 
編集『日本の美術114 池大雅』(至文堂、1975年) 
『ブック・オブ・ブックス 日本の美術46 蕪村と俳画』(小学館、1976年) 
『日本の名画7 横山大観』(中央公論社、1976年) 
『カルチュア版世界の美術8 日本の名画Ⅱ』(世界文化社、1976年) 
尾崎正明と共著『日本美術絵画全集24 渡辺崋山』(集英社、1977年) 
田中一松吉澤忠・松下英麿・山中蘭径と共編『浦上玉堂画譜』全3巻(中央公論美術出版、1977~79年) 
編集『日本の美術148 浦上玉堂』(至文堂、1978年) 
佐々木丞平と共著『日本美術絵画全集18 池大雅』(集英社、1979年) 
『俳人の書画美術11 江戸の画人』(集英社、1980年) 
『俳人の書画美術12 明治の画人』(集英社、1980年) 
監修『「巨匠が描く」日本の名山』全6巻(郷土出版社、1997~99年) 
監修『日本の美富士』(美術年鑑社、2000年) 
監修『さくら』(美術年鑑社、2001年) 

出 典:『日本美術年鑑』平成21年版(435頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「鈴木進」『日本美術年鑑』平成21年版(435頁)
例)「鈴木進 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28428.html(閲覧日 2024-04-24)

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