辻清明

没年月日:2008/04/15
分野:, (工)

 陶芸家の辻清明は4月15日肝臓がんのため東京都内の病院で死去した。享年81。1927(昭和2)年1月4日東京府荏原郡(現、東京都世田谷区)に生まれる。少年の頃より陶芸に興味を持ち、11歳のときより轆轤を学ぶ。41年、14歳の時には姉・輝子とともに辻陶器研究所を設立し、倒焰式窯を築く。また、この頃から富本憲吉板谷波山のもとで学ぶ。43年、高島屋でやきものの文房具類を常設展示。徴用で立川の日立航空機の工場で働く。48年、富本憲吉を中心とする新匠美術工芸会展に出品。同年、札幌の北海道拓殖銀行ロビー、丸井デパートで個展を開催。49年、新たにガス窯を築き低火度色釉を施した作品の試作に成功。51年、同志と「新工人」会を設立し、以後約十年にわたって活動する。52年、第一回新工人展を開催。同年、光風会展に出品し、2年連続で光風会展出品工芸賞受賞。53年、1月和田協子(協)と結婚。漆工芸家であった協子も新工人のメンバーであった。55年多摩市連光寺の高台に辻陶器工房を設立し、3室の登窯を築窯。信楽土で自然釉の掛かった作品を作り始める。同年、現代生活工芸協会賞を受賞。56年、朝日新聞社主催現代生活工芸展審査員、62年妻の協子とともに、辻清明・辻協新作陶芸展を日本橋三越で開催し、以降たびたび二人展を行う。翌年から画廊現代陶芸代表作家展等に出品する(75年まで)。63年、五島美術館にて個展を開催、アメリカ合衆国・ホワイトハウスに「緑釉布目板皿」を納める。64年、日本陶磁協会賞を受賞、現代国際陶芸展招待出品。65年日本陶磁協会賞受賞作家展に出品する。以降2006年まで毎年出品する。同年にはアメリカ・インディアナ大学美術館に「信楽自然釉壺」を納める。67年、米国ペンシルバニア州立大学美術館に「信楽窯変花生」が所蔵される。68年には京都国立近代美術館および東京国立近代美術館主催「現代陶芸の新世代」展に招待出品。69年、三越日本橋店にて「辻清明陶芸二十五周年展」を開催する。翌年、京都国立近代美術館に「信楽壺」が所蔵される。70年、東京国立近代美術館に「球と方形の対話」が買上、京都国立近代美術館主催「現代の陶芸展―ヨーロッパと日本―」展に招待出品。翌年より2005年まで毎日新聞社主催「日本陶芸展」に招待出品、第1回、第2回海外巡回展に選抜される。73年西ドイツのヘニッシ画廊にて個展を開催、イタリア・ファエンツァ陶芸博物館に「茶盌」を納める。その年より75年まで「現代選抜陶芸展」に出品、74年には迎賓館が作品を買上、「ファエンツァ国際陶芸展」に招待出品。76年、「作陶三十五周年記念 辻清明」展を日本橋壺中居にて開催。78年、小田急百貨店画廊にて個展を開催。翌年、日本経済新聞社主催「信楽展」に実行委員として関わり、自身も出品。80年、日本経済新聞社主催「現代陶芸百選展」出品。「炎で語る日本のこころ―辻清明作陶展」を新宿・小田急百貨店にて開催。82年、西武美術館主催の作陶四十五周年記念「炎の陶匠 辻清明」展を開催する。83年日本陶磁協会賞金賞を受賞。86年、作陶五十年記念『辻清明作品集』(講談社)を刊行。87年、多摩の工房が周囲の開発により仕事への支障が懸念されたため長野県穂高町に工房と登り窯を完成させる。しかし、2年後に工房と母屋が蒐集した工芸品・書籍と共に焼失。1990(平成2)年、藤原啓記念賞を受賞する。91年、「辻清明の眼 ガラス二千年展」(清春白樺美術館)では江戸切子などのガラスコレクションを展観、同年自身で制作したガラス器展を銀座の吉井画廊で開催。93年、NHK教育テレビの趣味百科「やきものをたのしむ」に夫婦で出演。96年、『焱に生きる 辻清明自伝』(日本経済新聞社)を刊行。2003年ドイツ・ハンブルクダヒトアホール美術館開催の「日本―写真と陶芸―伝統と現代」展に招待出品。06年、東京都名誉都民となる。翌年、「美の陶匠 辻清明傘寿展」を大阪梅田阪急にて開催。精力的な活動は没後の10年刊行の『独歩 辻清明の宇宙』(清流出版株式会社)に詳しい。女性で初めて日本陶磁協会賞を受賞した妻、協子も08年、7月8日肝臓がんのため死去。享年77。

出 典:『日本美術年鑑』平成21年版(430-431頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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