小林斗盦

没年月日:2007/08/13
分野:, (書)

 篆刻家で日本芸術院会員、日展顧問の小林斗盦は8月13日午後9時頃、心不全のため東京都千代田区の自宅で死去した。享年91。1916(大正5)年2月23日埼玉県川越市に生まれる。本名庸浩(ようこう)。小学校5年の時、手工の授業で蝋石に印を刻らされたことから印に興味を持つ。くわえて書が好きだったことから、1931(昭和6)年書法を比田井天来、篆刻を石井雙石に師事。37年東方書道会展に初出品、38~42年特選受賞。41年河井荃廬に篆刻を学び、45年より西川寧に師事。48年第4回日展に「摩苔除菊蠧移蘭飴」が初入選、50年第6回日展、59年第2回新日展では特選を受賞。この間、49年加藤常賢に文字学、漢籍、53年太田夢庵に中国古印学の指導を受ける。古典に対する知識研究がなければ篆刻とはいえないと主張し、早くから古印の研究に着手。日本現存の中国古印を探訪するとともに、古銅印譜の蒐集に傾注。67年には東洋文庫での講演「漢代官印私見」で、「漢委奴国王」金印の真偽論争に終止符を打つ。また近代中国の印学を究め、明代から近代までの名印を集大成した『中国篆刻叢刊』40巻の編集を担当、中国でも高く評価され、研究者に大きな影響を与えた。制作においても“実事求是”に基づく、高い知性と新しい風格を備えた篆刻の美は中国近代篆刻の正統に連なるものであり、76年改組第8回日展で「大象無形」が文部大臣賞、84年には「桑遠能邇」(1983年、改組第15回日展出品)により日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。同年日展理事に就任。85年中国杭州の印学団体である西冷印社名誉理事に推薦。1990(平成2)年日本篆刻会(93年全日本篆刻連盟と改称)結成、初代会長に就任。93年篆刻家で初の日本芸術院会員となる。94年北京で初個展(中国美術館)。98年文化功労者となり、2004年に篆刻家として初めて文化勲章を受章。晩年、長年収集した中国稀覯印譜及び篆刻資料423件を東京国立博物館に寄贈した。編著書に『篆書千字文』(二玄社、2000年)、『篆刻全集』(二玄社、2001~02年)等がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成20年版(384頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top