井田照一

没年月日:2006/06/05
分野:, (美)

 造形作家の井田照一は6月5日午後7時10分、がんのため京都市上京区の病院で死去した。享年64。  1941(昭和16)年9月13日、京都市に生まれる。京都市立美術大学西洋画科に入学し、同学卒業後、西洋画科専攻科に進学し、65年に修了する。絵画の持つ情緒性から脱することができ、多数の鑑賞者を得ることができることから石版画という技法に注目し、独自のかたちと明快な色彩によるリトグラフを制作。65年、京都の画廊紅で個展を開催。67年、第2回フランス政府留学生選抜毎日美術コンクール展で2位となり、翌年大賞を受賞し、フランス政府留学生として69年にパリへ留学。パリ滞在中の70年ころ、カール・アンドレらと知り合いコンセプチュアル・アートに触れ、マルセル・デュシャンのしごとを知る。ジョン・ケージとも交友し「時間と空間の同時性の中に自分の感性を取り込むこと」を造形のなかで試みるようになる。71年、シルクスクリーンによる「Surface is the Between」(表面は間である)の制作を開始。またこの頃、版画作品で展覧会場全体を埋め尽くすインスタレーションを試みる。76年には「Surface is the Between」シリーズの一環としてアトリエの床をフロッタージュし、水平の床に作家が垂直の力を加えた痕跡を作品化した「Surface is the Between―Between Vertical and Horizon “Paper Between Floor and Floor No.2”」を制作。同年、第10回東京国際版画ビエンナーレで文部大臣賞受賞。79年紙による制作「Lotus Sutra」シリーズを開始。79年大阪府立現代美術センターで回顧展を開催。85年、原美術館で回顧展を開催。86年、交友のあるロバート・ラウシェンバーグとともに日米文化国際交流名誉賞を受賞する。87年には郷里京都市美術館で回顧展を開催。1989(平成元)年サントリー美術館賞受賞。89年米国オレゴン州のポートランド美術館で個展、90年には同国オハイオ州シンシナティー美術館で個展を開催する。水平と垂直の出会いに深い興味を抱き続けた井田は、版面に垂直に落とされた腐食液が水平に広がって版を浸蝕するスピットバイト技法を好んだ。腐食の際に発生するガスが一因してがんを発症し、90年に食道がんの手術を行なう。闘病しつつも、京都のアトリエにとどまらず、国内のみならず海外にまで制作の現場を移す「移動するアトリエ」と自らが称した制作態度を貫いた。95年山口源大賞受賞。2001年、『Garden Project Since 1968 in Various Works 井田照一作品集』(阿部出版)を刊行。04年1月、豊田市美術館で「井田照一 版画の思考」展が開催され、初期から近作まで120点の作品によって作家の歩みを回顧する展観となった。人を含む諸物の存在は、他者との接触や出会いによって生ずる表面(Surface)であるとし、版画のほか、布、ガラス、陶器、鉄など多様な素材を用いて、表と裏、地と図が両義性を持つことを、色やかたちといった造形要素により見るものに訴えた。

出 典:『日本美術年鑑』平成19年版(372-373頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「井田照一」が含まれます。
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